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2005年8月11日 (木)

2005年08/09〜08/10、西穂高登山転じて西穂山荘一泊旅行1

 彼女のスケジュールが夜勤明け連休だったので急遽再度西穂高登山を計画、2005年08/09〜08/10の日程で行って来た。

 前回の2005年07/09〜07/10、西穂高登山転じて栃尾温泉→高山観光旅行は何だかんだで遅くなり、登山自体は天候不良で中止にしたものの、そのまま行ったら西穂山荘到着がかなり遅くなったであろう反省から西穂山荘14:00到着を目標に逆算して自宅7:00出発を目標に準備し、6:50出発。

 前回美濃加茂での国道248号と国道41号の接続が良くなっているのを確認しているので多治見へ。
 朝食は多治見でマクドナルドをドライブスルー。実は△11はドライブスルーに入るのは初めて。彼女の「アイスティー」で「レモンかクリームか」と聞かれて「レモン」と答えたところついて来たのがレモンとクリームでガムシロップがなかったらしい(^_^;
 下呂を過ぎて道の駅でトイレ休憩。
 昼食は高山市街手前のコンビニに入っておにぎり。駐車場から出る時に逆向きに出そうになったが彼女に指摘されて事なきを得た(^_^;
 時間短縮のため朝食も昼食もドライブしながら車内で食事。
 平湯温泉を過ぎてから栃尾温泉に出るまでにガスステーションを見つけて15リットルだけ入れた。ほぼ満タンになり、これでガス欠の心配はない。しかし田舎にありがちな¥1980のレシートのみの不明朗会計、、、後で計算してみると132円/リットルで、原油高騰の昨今、山中にしては特別高くもないようだ(^_^;

 新穂高にていつもの登山者用駐車場に乗り入れたが空きがない。しかも「有料化検討中」という看板が立っている(T_T)4949
 取り敢えず隅に駐車して準備を始めたら、いつのまにか近くに1台だけ空きが出来ていたのでそちらに移動。これで心置きなく登れる。

 ロープウェーは第1第2往復で¥2800/人。
 第1ロープウェーは定員44人+ガイド1人。原則毎時:00と:30発。微妙に行列していたので待ちかと思ったがぎりぎりで最初のに乗れた。12:30ロープウェー上の人に。
  第2ロープウェーは2階建ての定員120人+ガイド1人。原則毎時:15と:45発。どこぞに「実質景色に違いはないし2Fは混むので1Fが良い」と書い てあったので1Fに乗るつもりだったが、実際には「最初の50人2F、後の70人1F」だった。ぎりぎりで2F乗車を指定された。
 ロープウェーの駅から出ると水飲み場があり、水分補給にがぶ飲み。
 13:00第2ロープウェー西穂高口駅を出発、ここからは登山。西穂山荘までのコースタイムは90分。

 登山道は意外に深い森の中だった。しかし下から全部歩いた槍ヶ岳の時と違い、すぐに森が低くなって来る。
 さすがは北アルプス屈指の有名初心者コース、登山道もはっきりしており、また「新穂高ロープウェー←→西穂山荘」の看板がしっかりしているので安心して歩ける。
 20分歩いたところで擦れ違ったおばさんたちに残り時間を聞いたら「後2時間」って△11は後1時間で到着するつもりなんだが(^_^;

 小屋が見えて来て、熊よけの電線に囲まれた小屋をぐるっと一回りして14:25西穂山荘到着。ほぼコースタイム通り。当初14:00を目標にした のはモノの本に「山小屋への到着は14:00までに」と書いてあったからですが、なかなか思い通りには行かない。まぁ迷惑を最小限には出来たかな?
 小屋は2F建ての立派なもの。強風や積雪対策で低い屋根の山小屋を見て育った△11には普通のホテルにしか見えない。下界みたいでちょっと嫌(^_^;
 通された部屋は「焼岳3」の一番奥。1人ずつ敷布団、毛布2枚、枕が割り当てられている。
 休憩し、17:30から夕食。相席のお隣は長野県警山岳救助隊のお二人だった。で、食堂は2Fまでの吹き抜け。ご飯と巻繊汁は食べ放題。おかずはワンプレートながら多種類。食事の際に飲むだけならお茶も無料。
 北アルプスのメジャーな山小屋はこんなもんなんですかねぇ、、、

 夕食後、西穂高への登山口を確認。西穂山荘は森林限界に立っているようで、上に行く道の両側はハイマツ。
 「明日同じ道を登るなら明日見れる」「霧が出ているから登っても仕方がない」という彼女を「見れる時に見ておくべし」と説得して少し登った。でも結局小屋が見える範囲でしか登ってくれなかったがぁ(^_^;

 本日はずっと霧だったんですが日没直前に少し晴れ渡り、上高地、焼岳、ロープウェー西穂高口駅、笠ヶ岳、独標方面も見えた。撮影しようとしてデジカメを取り出し電源を入れると、、、あれぇ。「カードがありません」というわけで今回は写真なしです(T_T)4949
 こっちは入念に準備したニコンFE2、Ai20/3.5S、Ai28/2.8S、Ai35/1.4S、Ai85/2S、シリーズE75〜150/3.5(New)、ベルビアで撮影。
 晴れ渡ったのはわずかな時間、下が雲海みたくなってさらに雲が多くなりつつもほぼ日没を見届けた19:00より食堂で山岳写真家林三樹生氏講演会「穂高の自然学2005(水の流れと人間活動)」。彼女は高山病かくらくらするとのことで部屋に戻りました。

 色々面白い話があったが、△11の理解した範囲での趣旨は主に2つ。
・登山者が踏む→表土中の微生物が死ぬ→樹木が枯れる→表土が流れる→樹木が枯れる、という悪循環で登山道が少しずつ広くなり山が荒れて行く。岩が露出した部分が森に戻るのは想像以上の時間が掛かる。
・ 上高地を流れている梓川について。ずっと昔、焼岳がなかった頃は高原川の上流であったが、焼岳が噴火でだんだん高くなり、せき止められて池になった。溢れ 出した水は今のように長野県側に流れるようになった。池は流速が遅いため砂利が堆積して平地になり上高地が出来た。この一連の動きの一番近い例は大正4年 の噴火で、この時は大正池が出来た。大正池は放置すればもうなくなっていたはずだが、現在発電と観光の目的で堰堤と浚渫により維持されている。上高地の中 では洪水対策に護岸が進んでいるが、これが天井川の原因となりまた北海道以外ではここにしか存在しない貴重なケショウヤナギの住処を奪っている。

 部屋に戻ると彼女が「遠くで稲妻が光っていてとてもきれいだった」とのこと。
 彼女に「山小屋では消灯後一切の照明がないのでトイレに行く時はこれを使う」と説明してヘッドライトを枕元に準備。
 すぐに眠ってしまった。21:00消灯は記憶になし。

 夜中に起きてしまい、外に行こうと思ってヘッドライトを探したがない。彼女もいないので借りて行ったようだ。驚いたのは消灯後のはずなのに最低限 の照明がなされ、行動出来る程度には明るいことである。廊下に出るとちょうど彼女が帰って来たところだったので星空を期待して一緒に外に行ったが、曇りで 全然ダメ。驚いたことに庭まではヘッドライトなしで行動出来、結局ヘッドライトは不要であった。これではまんまホテルだぢょ〜。涼しくて気持ちよかった が、彼女がすぐに寒がり出して中に入った。
 起きたのは暑くて息苦しかったからで、ホンの少し窓を開けると急速に涼しくなった。しっかし8月とは言え山小屋で暑くて眠れなかったなんて初めてだぁ。

 

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