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2005年9月 6日 (火)

2005年09/02〜09/04、新穂高温泉から奥穂高岳、涸沢岳登山2

 2005年09/03は4:10起床。昨日買ったレーズンロール、黒糖ロール、1.5Lのカルピスペットボトルで朝食。
 5:00自転車を押して新穂高を出発。既に明るいのでヘッドライトは使わず。折畳自転車が重い。3速しかないのでほとんど乗れず、他の登山者にどんどん抜かされる。邪魔になると困ると思い折畳自転車にしたけど、プジョーCOM−20改(△11の乗り物)にしておけば良かったなぁ。
 7:00白出沢出合到着。白出小屋の裏に折畳自転車を置かさしてもらう。昨日購入したカルピス1.5Lを飲み尽くし、小屋の林道側にある水場で持っているペットボトル全部に水を詰め、奥穂高の登山道へ。白出沢に沿って森の中を歩く。ある程度石畳が敷かれている。登山道脇は苔だらけ。
 1時間弱か歩いたところで「あと200mで白出石切道」というプレートが出た。石切道って嫌な名前じゃのぅ。このプレートがあってすぐ重太郎橋を渡渉。嫌な予感は的中した。白出大滝を迂回するため高い場所に石を切って道がつけてあるのだ。△11は防水工事のバイトをしていたことがあるが、白出石切道の高度感は7Fビル屋上での作業と同等。確保は命綱でなく岩に打ち込んだボルトに繋がっている針金、チェーン、ロープのみ。道幅は30cm程、足元の断崖絶壁の落差は最大で15m程はあろうか。こんな場所からハシゴとクサリかよ〜(T_T)4949
 石切道の途中で70歳という人に追いつく。自転車を押していた時に抜かして行った一人だ。「片足に痛風があってとても遅いので先に行って下さい」と仰るが、こっちだってそう速いわけじゃない。結局離れたり△11の休憩で追いつかれたりしながらしばらく一緒に歩くことになる。
 見事にV字の岩を一直線に流れる滝、頭の上まで覆いかぶさるような岩、対岸は断崖絶壁の上に松が生え、そのさらに上には奥穂から西穂への稜線が見え隠れする。仙人の住んでいそうな世界である。
 石切道で唯一に近く少し広い場所で休憩しようと思ったら「落石が頻繁なので速やかに通行して下さい」という趣旨の黄色い看板が(T_T)4949
 石切道を通過すると沢に出る。この沢は狭くて上に巨石や丸太がゴロゴロしているので迷って登る心配は少なさそうだ、、、と思ったが後で地図を見たらこれは鉱石沢で「雪渓が残る時はルートに注意」とある。安全そうな場所でも状況によっては解らないのだから舐めてはイケナイですな。
 対岸からは森に入る。白出沢を歩き続けるだけだと思っていたので少し意外。最初から木のハシゴが続く急登。
 左手に石の囲いを見ながら通り過ぎるとまた沢に出る。どっちに行くのかちょっと分からず地図を見ようとするとさっきの70歳の人が後ろから追いついて来て「ここを渡って右奥の沢に入ります。左は迷い込みやすくて有名な沢です」と教えてくれる。確かにそちらに赤いリボンをつけた棒が立てられている。通り過ぎた石の囲いは荷継小屋跡、左の沢は荷継沢だ。地図には「荷継沢に迷い込まないよう注意」とあってこれは記憶していた。

 白出沢出合から穂高岳山荘までのコースタイムは7時間30分。白出沢出合を7:10に出ていたとして、コースタイム通りなら穂高岳山荘に14: 40到着だ。平面上での距離だけで言えば中間地点は白出大滝辺りだが、上に行く程勾配はキツくなるのでそんなわけには行かないだろう。それでもコースタイ ムよりは早く到着するのが通例だし、地図で見る限り随分速いペースで来ているし(という考えが後になって非常に甘かったと解ってくるのだが)、可能なら午 前中に穂高岳山荘に到着したい。そうであれば今日のうちに奥穂高に登頂後北穂高山荘まで行く選択も現実的になって来るというものだ。
 とにかくコースタイム7時間30分ってのは長過ぎる。どこかで区切ってくれないと「ここまで来た」「前区間でコースタイムから何分稼いだ」「何時何分頃には到着かな」という目算が持てない。後で見返してみると、△11が愛用している昭文社 山と高原地図(△11のバックパック)は原則小屋と分岐点でしか区切っていないようだ。

 荷継沢と別れると石ころの河原に入った。足場が悪くてガラガラ崩れる。地図に「ガレ場の長い登り」とあるそれが始まったのだ。ガレ場に少し生えていたダケカンバがなくなると完全に不毛な岩石の海になる。
 しばらくして右側に残雪。水滴、、、ではなく水が筋になって流れ落ちている。雪が溶けた後は岩の上に湿った砂が残るし、雪の重量で崩落し石が安定してないので足場の状態はこの辺が一番悪いかも。
 白出沢が空と出会う場所に穂高岳山荘が小さく見える。今日はそこまで行けば良いのだ。かなり気楽になる、、、のだがこれが大間違いであった。
 ガレ場に出てからは目標を設定出来なくなってしまう。ただただダダッ広い岩石の海だ。「あの岩まで」「あのマークまで」と近視眼的な目標を1つ1つ積み上げて行くしかない。遠く小さく見える小屋は全く近づかないどころか小さくなっているようにすら感じられる。
  さらに、短時間歩いただけでは解らないのだが、ガレ場のキツさは時間経過に従って加速度的に実感されて来る。崩落が激しくどこがコースなのか解らな い、、、というかコースというものはない。ちゃんと石畳状に細長い石を並べてあるのが解るところがないわけではないが、そうでない場所は全部浮き石だ。足 を載せて良いのかどうか確認しながら歩かなければならず、足元がぐらつけば姿勢を保つエネルギーを使う。砂利が足元ごと崩れる。3歩歩いて2歩下がりつつ だ。
 汗が噴き出して来る。前に1人、後ろにさっきの70歳の人を見ながら歩く。前はともかく後ろの人も離れなくなった。多分少しずつ距離は離れているのだろうけれど、小屋が近づかないのと同じで、ある程度の距離があると解らなくなってしまうのだろう。
 時々下から不気味にガスが吹き上げて来る。小屋は近づかない。後ろの人は離れない。足元がガラガラ言って崩れるのを聞きつつただ一歩ずつを積み上げ続けるだけだ。拷問に近い。悪夢だ。
 岩にペンキで「穂高岳山荘まで後30分」と書いてあるのを発見、△11としては後1時間30分で考えていたのでとてつもなく嬉しかったのだが、よくよく見ると「130分」であった。ゲロゲロ。
  上から来る人に「穂高岳山荘から何分で来たか」聞きながら歩く。その中に「明日から天気は下り坂だそうだから今日のうちに降りる」という人もいてかなり凹 む。実際だんだん雲が増えていて、この分では山頂に行っても真っ白だろう。「ここまで20分で降りて来たからあなたは後60分かしらね」。「まぁ折角ここ まで登ってらしたんだから最後まで行かれたら?」うぅもう嫌(T_T)4949
 ザックを背負っている背中が汗でずぶ濡れだ。シャツからお尻に水滴が落ちているのが解る。
 穂高岳山荘で採る昼食を考える。塩分が欲しいのでラーメンにするかな。塩ラーメンが頭の中をぐるぐる回っている。

 小屋が見えてから3時間は歩いただろうか。解らない。どこで何時何分、というメドがないのもここのキツさの要因の一つなのだ。
 急に小屋 が大きくなり始めるとそれまでにも増して勾配は厳しくなるものの小屋は近い。12:40頃ゾンビ状態で小屋前へ。しばらく穂高岳山荘の前で呆然とする。も う白出沢を降りるのは嫌だ。普通は下りは楽だけど、ガレ場は下りもキツいだろう。是が非でも他のコースから降りたい。北穂高山荘まで行くか、穂高岳山荘 か、奥穂高だけ登って今日のうちに帰るか決めなければならないけれど、取り敢えず昼食だな。

 穂高岳山荘に入る。ラーメン¥800もあったけど朴葉寿司¥800が目についてふらふらと注文。小さいヤカンでお茶がつき、湯呑で4杯程飲める。洒落臭く言えばポットサーブ\(^_^;0101
  昼食を食べ終わると13:00。奥穂高岳登頂に関しては穂高岳山荘にザックをデポするつもりだったのだが、雨合羽を持つサブザックを持って来ていない。よ く考えると槍ヶ岳の時は非常に天気が良かったので何も考えずウェストバッグ1つで登ったのである。それまでの山行でも傘だけ携行とか、カメラを持っておら ずウェストバッグに雨合羽が入ってウェストバッグだけで用が足りたとか、そういう場面ばかりでサブザック携行が頭から抜けていたのだ。仕方なく重いザック を背負って重い足取りで奥穂高岳に向かう。
 聞いていたようにいきなり急登、ハシゴ、クサリである。それを登りきると普通の登山道になるが、コー スタイム50分とあるように奥穂高岳山頂はまだ先だ。いくつも小さな峰を回って行くと、ある峰に何人も座っている。「そこですかぁ〜?」と絶叫すると間が あって「ここですよ〜」と返事。
 奥穂高岳14:00登頂、取り敢えず今回の主目標は果たした。もう一つの目標「槍ヶ岳を見る」は明日天候が下り 坂なら無理だろう。周囲は予想通り真っ白で何も見えない。穂高岳山荘方面から、吊り尾根方面から、ちょくちょく人が登って来ては降りて行く。禁断の西穂高 岳からのルートもロープで繋がったパーティーが来る。登頂の証拠写真は撮るつもりはなかったのだけど、頼まれて人の写真を撮ってあげたら「山頂での写真は 撮りましたか?」「良かったら撮ります」とのことで撮ってもらった。
20050903okuhodakasanchou  疲れもあり、北穂高小屋まで今日歩くのは諦めた。今から北穂高小屋に行くと17:00になってしまう。穂高岳山荘から白出沢出合までのコースタイムは5時 間なので、今日中に白出沢に降りると林道に降りる前に暗くなる。今日の宿泊は穂高岳山荘しかないだろう。そういうわけでもう今日は穂高岳山荘に戻るだけな のでのんびりしたかったのだけれど、西穂高方面から雷鳴が聞こえて来るようになったので撤収。すぐに雨がパラつきだしたので雨合羽を着込む。例えばハシゴ 降下中に昨日車内で経験したような突然の豪雨に見舞われてはたまらない。
 足が疲れて動かないのでのんびり歩く。左膝に少し違和感があり、それを 庇って歩くので右太腿も疲れた。追いついて来た人に「先にどうぞ」と申し上げ「私も遅いですから」と謝絶されたが、あまりの△11の歩行の遅さに「先に 行って宜しいですか?」と改めて言われた程だ。雨はともかくこんな高山の山頂近くにいて雷に追いつかれてはたまらないが、急ごうにも足が動かないのであ る。
 クサリはともかくハシゴに来て困ったのは、膝の笑いが激しいことだ。左膝を庇っていた右足先が10cm程もガクガク前後する程右膝が笑っているので怖くて段を踏めない。もう気力だけだ。

 穂高岳山荘前に降りて来て一安心。15:00穂高岳山荘に入って宿泊手続きをしていると後ろで歓声が上がった。突然土砂降りが始まったのである。間一髪(^_^;
  1泊2食¥8800。夕食/朝食は17:30/5:30。部屋/ベッドは2Fの白馬岳13。部屋に行くと先客がにぎやかに山談義している。聞くと2人で1 畳の計算で割り当てられているようだ。布団の空きはあるので「もう登山者が来ない時間帯になったら空いているところを勝手に使うさ」と思うが、ちょっと不 安だ。しばらくすると小屋の人が「2人で1畳の人は空いている場所に移動して頂いて結構です」と言いに来られたので一安心して移動。
 皆と仲良く なって北穂高岳方面の状況を聞くが「かなり険しい道が続くため高所恐怖症なら止めた方が良い」とのこと。そりゃそうだよなぁ。「前日に転落死した人がいて どうしようかと思ったけど、転落したのは雨の時、私が来た時は天気が良かったので来た」とのことだった。そうなるとあの呪われたガレ場、白出沢を降りるし かないのか(T_T)4949
 しばらく眠る。「虹が出てる!」との声で窓際へ。外はかなり明るくなって、小さな虹が涸沢の上に出ている。さっきの土砂降りは通り雨で済んだようだ。
 17:00に食事の放送が掛かる。混み合っている時は全員を食堂に収容できないため時差をつけるようで、部屋の名前で呼んでいる。ご飯と味噌汁は食べ放題。最後までいてゆっくり食べて部屋に帰る頃に他の部屋が呼ばれていた。

20050903hotakadakesa20e6a420050903nishihohenomichi 外に行くと雲が多くて天気が良いとは言えないものの、一応遠くまで見える。

 左は憎き白出沢を見下ろした写真。

 右は奥穂高から西穂高へ続く初心者お断りの稜線を見上げた写真。

20050903yuuyake 白出沢の上、笠ヶ岳の彼方にうずまきのようになった雲を赤黒く染めながら日が沈んで行く。風はあってかなり寒い。

 その辺りで日没の際に一緒にいた人たちと、これまでの山行経験とか高山病について雑談。山の上では誰でも知人であり、少し話せば友人だ。
 反対側には夕映え。20050903yuubae下には涸沢ヒュッテが小さく見えている。その上に見える山々は前穂高岳北尾根、その向こうが見えてはいないが上高地の横尾辺り、そして常念岳や蝶ヶ岳が連なる山々だろう。

 部屋に帰るとまた眠る。とにかく疲れているのだ。
 トイレに起き、ロビーで写真集を眺めていると21:00消灯。小屋の人に「間もなく消 灯です」と教えてもらえたのに「ふぅん」と聞き流したのはマズかった。ヘッドライトを携行していなかったので、本来なら部屋に駆け戻ってヘッドライトを持 ち出すべきだった。真っ暗ではないが、2Fは1Fロビーから豆電球の光が漏れてくるだけ、部屋の看板が見える程の明るさはないので自分の部屋がどれか解ら ないのだ。多分この部屋だと思って入っても、自分の布団が解らない。間違って人の布団に入り込もうとして叱られるのも嫌だなと思いつつ意を決して入ったら 部屋も布団も合っていたので助かったが、消灯前にはヘッドライトなり懐中電灯なりを携行しておかなければならない。

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