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2005年12月 1日 (木)

登山から学んだ人生

 2004年夏に槍ヶ岳に登ってぼんやりと感じ、2005年夏に奥穂高岳に登って何となくまとまって来たのは、「登山というのは人生みたいなものだ」ということだ。

 槍ヶ岳は強い風雨をついて登り体調不良を耐えたら、次の朝は素晴らしい天気。奥穂高岳は曇りの中「明日から天気が悪くなる」と言われつつ登り、次の朝は素晴らしい天気。

 山は、登った者に時々尋常でない美しい景色を見せてくれる。しかし、登ったからと言って必ず見せてもらえるわけではない。だからと言って登らなかったら絶対に見せてもらえない。で、これまでの経験から、△11が登れば何かは見せてもらえるという確信がある。
 人生も同じ。努力した者にはご褒美があったりする。しかし、努力したからと言って必ずご褒美をもらえるわけではない。だからと言って努力しなければ絶対にご褒美はない。こちらの方はまだ確信には至っていないが、

見返りを求めないで努力し、ご褒美があったら感謝する

 登山も人生もこれしかないな、と思うようになった。

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