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2008年3月11日 (火)

劔岳・点の記、映画化

 このところ
・槍ヶ岳(2004年07/20〜22、記事はこちら
・奥穂高岳(2005年09/02〜04、記事はこちら
・北岳&間ノ岳(2007年08/04〜07、記事はこちら
 と登頂し、懲りたかと思いきや今度はどこに登ろうかと思っている。と言っても前に挙げた3つのように強く「登りたい」という気持ちをかき立てる山はもはやない。

 余談になるが、△11の趣味はどの分野でもそういう風だ。
 昔「カメラボディーはこれ、カメラレンズはこれこれだけ揃えれば他はもう要らない」という話をするとカメラ仲間から「最初はそう思うんだけどそれを買うと他のが欲しくなるんだよなぁ」とからかわれたものである。無論全くそうならなかったとは言えないが、しかしほとんどは最初に作ったリスト通り揃えた段階で欲しいモノはなくなった。
 望遠鏡でも、時計でも、シンセサイザーでも、自動車でも、バイクでも、自転車でも、スキーでもそうだった。極端な話、小学生の頃から「欲しいものリスト」があって、買ったものから消去され、新製品や新しい趣味によって追加はされつつも少しずつリストは短くなり、2000年くらいでリストは終わったのである。
 だから山もそうなのかも知れない。

 今でも欲しいものがないわけではない。それと同じで登りたい山がないわけではない。

 その筆頭が劔岳だ、、、とは言ってもこれは簡単なことではなかろう。槍ヶ岳が峻険だと言ってもそれは槍ヶ岳山荘から山頂までの往復1時間のみであり、それ以外は長時間に渡るとは言え普通の山歩きである。劔岳は登山道のかなりの割合で危険なルートが続くらしいのだ。

 その厳しさを伝える話が陸軍参謀本部陸地測量部、柴崎芳太郎に関する実話である。彼は何度かの失敗の後登頂したが三角点の設置には至らなかった。この話を元に新田次郎が小説「劔岳 点の記」を書いた。

 三角点が設置されていなかったため、劔岳の正確な標高は長らく謎だった。柴崎芳太郎が簡易的な測定で出した標高は2998mであったが、その後の測定により3003mとされていた時期もある。2004年夏ようやく山頂付近に三角点が設置され、劔岳の標高は2998.6mと判明した。柴崎芳太郎の測定が後の測定より正確だったのは、その執念がもたらしたのであろうか。

 そう言えば北岳も2004年に標高が改訂された山であった。以前は3192.4mとされていたがこれは三角点のある場所の標高そのもので、登山者から「南にある岩場の方が高い」という趣旨の指摘があり再調査され3193.2mに改訂された。この辺の事情は北岳の標高に詳しい。
 この0.8mは結構重要である。なぜなら北岳は日本第二位の高峰であり、第三位の奥穂高岳の標高は3190mであって、しかも穂高岳山荘の親父が山頂付近にコンクリートで固めた3m高のケルンを作って「北岳より高いハズだから測定し直せ」と国土地理院にねじ込んだという噂話を聞いたことがあるからだ。「国土地理院は人工物を考慮しないので却下された」というのがこの噂話のオチなのであるが、この噂話が本当だとしたら、数字の大小なんぞで山の価値を測ろうとする人間の浅はかさを露呈したと思うのだ。まして北岳が自然状態で奥穂高岳の人工ケルンより高かったとしたら、、、

 劔岳の正確な標高が出た瞬間も「3000m峰じゃなかったんだ、、、」とがっかりされた関係者の方も多いのではなかろうか、と想像してみたりする。個人的にはそんなことでがっかりするのは止めて欲しい。それは山の素晴らしさを知らない人の思うことである。

 で、久しぶりに「劔岳ってどんなんだったかな、登山した人の体験記を読んでみようか」と検索してびっくり、何だか「劔岳 点の記」が映画化されるらしい。劔岳もしばらく混み合ってダメだねぇきっと(T_T)4949

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