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2008年4月 6日 (日)

軽々しく「初」「唯一」と書くな

 インターネットを見ていると「初」「唯一」「最も」という記述を本当によく見掛ける。
 噂を鵜呑みにしているのであろうが、そういうのは大概贔屓の引き倒しだから書かない方がいい。過去それぞれの時代に現在と同じくらい天才は一杯いて長年切磋琢磨して来たんだから大抵のアイデアは試されているし、そもそもそれが本当だとしてそのこと自体に何の意味があるのか。

 以前世界初のオートフォーカス一眼レフカメラは何だ?という記事でこのことを書いているが、他にも同様の事例はいくらでもある。

 例えばマミヤCシリーズはレンズ交換できる二眼レフカメラとして有名だが、「唯一のレンズ交換式二眼レフカメラ」なんて書くとレックスレフレックスがあるからアウト。「フィルム撮影途中で日中レンズ交換可能な唯一のレンズ交換式二眼レフカメラ」としてもコンタフレックスがあるからアウト。「フィルム撮影途中で日中レンズ交換可能な唯一の6×6cm判二眼レフカメラ」もコニフレックスがあるからアウト。結局書けそうなのは「フィルム撮影途中で日中レンズを全群交換可能な唯一の6×6cm判二眼レフカメラ」ってところか。でもこのまどろっこしい記述からはマミヤCシリーズの素晴らしさは伝わらない。要するに「唯一」かどうかなんかどうでも良いのだ。使用者が要求する仕様を限られた資源の範囲で収めるのが技術のキモなのである。
 マミヤCについて言えば日中でのレンズ交換ができる点、縦位置を考えなくて良い正方形フォーマットを使用した点、ある程度システムが充実しかつ現行当時は交換レンズが入手しやすかった点が重要だと思う。これらを備えない製品は結局使えず、だから「知る人ぞ知る」状態に留まってしまったのである。

 1958年にズノーカメラからペンタフレックスという一眼レフカメラが発売された。少しカメラに詳しい人の間では「完全自動絞りを最初に実現したカメラ」として有名だ。しかしそれまでレンズしか製造したことのなかったズノーカメラは技術が未熟だったのか故障→返品が相次いだと言われ、間もなく歴史から姿を消した。
 1959年には完全自動絞りを備えたニコンFが発売され、こちらは当初から高い評価を受け、時代を変えた。
 この2つを眺めて、ペンタフレックスの方が先だということに一体意味があるだろうか。ニコンFはすでに定評のあったニコンSPとかなりの部分が共通であり、その後の歴史の評価からしても、ペンタフレックスが発売された当時すでにニコンFの試作品が市販されているペンタフレックスよりまともなモノになっていた可能性は高い。要するに「まともに動かなくてもとにかく発売しちゃえば世界初と称せる」なんて話は「信頼性のある製品をお客様に提供したい」という真摯で真面目な考えとは相反する話なんである。動作しない製品なんぞ不存在以下だし、だから返品を食らったのだ。ユーザーに「存在しなかった」ことにされた製品が「世界初」であろうとなかろうとたいした意味はあるまい。

 1970年代後半のことであるが、ランボルギーニのカウンタックLP400が当時市販車世界最高速300km/hを公称し、これに対抗してかフェラーリの365GT4BBが最高速302km/hを公称して話題になった。
 △11に言わせれば、どうせどっちも大幅なハッタリなんだから全くのナンセンスである。ハッタリ同士でどっちがデカいことを言ったかがなぜプラス評価の対象になるのか。どっちが不誠実かのマイナス評価ならいざ知らず、、、

 昔まだインターネットが一般的でなくパソコン通信だった時代のことだが、ある会議室で「世界で最初の腕時計って何でしょう?」という質問に対して「カルティエのサントスです」と答えている人があった。
 昔は今のように誰でも知識を持てるわけでもなかったし、実際そのように書いてある書籍もあったが、サントスは1904年の開発で、当然最古ではあり得ない。
 現在モノ雑誌等で一般に「世界初の腕時計」とされているのは1879年ドイツ皇帝が海軍将校用としてジラール・ペルゴーに2000個製作させた腕時計である。現物は特定されていないが、その旨記録があるという。
 しかし本当にそうなのか。
 女性用のブレスレットにはもっと前から時計を組み込んだ製品があった。例えば杖やライターに時計を組み込んだ「仕込み」製品の一群の一つとしてである。世界で最初に時計をブレスレットに組み込んだのが一体誰なのか、今となっては全く分からない。ただしいずれにせよそれは外乱に弱いシリンダー式脱進機しかなかった時代の製品であり、又現在時間を迅速に把握する目的で普段遣いすることは製作者も購入者も微塵も考えなかったことだろう。そういう意味では現代的な意味、すなわち正確な時刻を迅速に把握できる、という目的での腕時計ではない。要するに「時計付きブレスレット」として製造されているのだ。現代から見てそれを「時計付きブレスレット」と呼ぶのか「腕時計」と呼ぶのかは一体技術の問題なのだろうか。△11には国語の問題にしか思えない。逆に言えばジラール・ペルゴーの「世界初の腕時計」には無意識に「正確な時刻を迅速に把握できる目的で製作された、現代的な意味での」という枕詞がついているわけである。腕時計というのはある瞬間ある個体が製作された時に成立したのではなく、何百年を掛けて段階的に成立して行ったのだ。
 さらに言えば、モノ雑誌の記事はその9割が使い回しだ。どこの何を読んでも同じことが書いてある。多分そういう記事を書いているやつは△11程にも物を調べていないのだろう。少し前のモノ雑誌だけを見ながら記事を書いているのだ。モノ雑誌の系統を外れた書籍に少しでも当たってみればすぐに違う記述を発見できる。例えば1790年にジュネーブのジャック・ドロス(△11注:ジャケ・ドロー?)&レショーが(浅井忠『時計年表』P73)、1868年にはパテック・フィリップが(浅井忠『時計年表』P88)腕時計を作った、という記述がある。

 世界最古の時計メーカーはどこか、というのもよく取り上げられる話題だ。例えばイソザキ時計宝石店のブログのクイズに「第1問 世界最古の時計メーカーはバセロン・コンスタンチンである(正誤)」の解答に「(誤)ブランパン」とある。
 確かにブランパンは1735年創業、ヴァシュロン・コンスタンタンは1755年創業とされているので、これだけ見ればブランパンの方が古い。
 しかしブランパンは一度休眠ブランドになり、今あるのは創業者と無関係な人間が買い取って時計を作り始めた会社だ。それで良いなら例えば1728年にマリン・クロノメーターH1の製作をしたジョン・ハリソンの方が古いわけで、△11が「ハリソン」ブランドの権利者を捜して買い取り会社を作って時計を製造すればそれが「世界最古の時計メーカー」になるのか、そんなハズはあるまい。しかしブランパンはまさにその状態なんであり、そうであればブランパンを世界最古の時計メーカーというのは大いに問題がある。
 ジョン・ハリソンは一人で時計を作っていただけでメーカーじゃないって?
 冗談じゃない、メーカーってのは現在の日本においては会社組織であることが前提のように思われているが、実際には「製造者」という意味で会社かどうかと無関係の概念だ。それに会社組織と個人で本質的な何か違いがあるのか。そもそも会社を示す単語は「仲間」を表す言葉なんで、「時計を1人で組んでいれば個人、弟子を取って2人で組んでいたなら会社組織」みたいな形式論に堕すだけ、要するに現在の概念で昔の話を見ているからおかしな結論になるのだ。ジョン・ハリソンは弟と協力して時計を作っていたという話があるんで会社組織かどうかは完全に形式論だ。
 ここで注意しなければならないのはジョン・ハリソンは例に過ぎないということだ。現在時計マニアが知っているであろう、すなわちブランドネームとして有効な範囲だけでも、1348年に天文時計の製作を始め1364年に完成させたジョバンニ・デ・ドンディGiovanni De'Dondiがいる。アル・ジャザリAl-Jazarīは1206年の著作で自作時計について書いている。機械時計を初めて作った記録は725年中国の僧侶リャン・リン・ツァンが作った「歯車の逃がし止め装置を備えた機械時計」であるという(浅井忠『時計年表』P23)。時計の最古の記録は約4000年前のバビロニアとも約5000年前の古代エジプトとも言われるが、作っていた人の名前が現代に残っていないだけで、時計を作っていた人がいなかったわけではない。
 んで、百歩譲ってブランパンを含むそれらを「メーカーでなかった」とか「中断したら失格」と扱えると仮定し横に置いて問題に戻り「第1問 世界最古の時計メーカーはバセロン・コンスタンチンである(正誤)」に対する解答は「(正)」で良いのか、というと、全然無関係な人間がブランドを入手しただけのブランパン程でないにせよ、ヴァシュロン・コンスタンタンにおいて設立当初の理念が保たれて来たか=中断していないと言えるか、が問題になる。全く理念を変えず300年近く経営が成立し続けるわけもなく、そうなると当然時代に即して少しずつ変わっている中で「どこまで理念の変化を許すか」という程度問題になってしまう。
 もう一つ気になるのは「スイスのブランドには日本に輸入されたことがないため知られていないブランドが山ほどある」という話である。が、それを知っている人間でも「その中にブランパンやヴァシュロン・コンスタンタンより古い創業の会社はないのか」と考えたことはないようだ。例えば「世界最古の時計メーカー」という話題で時々出て来るもう一つのブランドが1737年創業とされるファーブル・ルーバであり、少なくともヴァシュロン・コンスタンタンよりは古い。△11が知っているくらいなので全く知られていないわけではないが日本で言及されることは少なく、実際「ブランパンは中断しているので考えに入れない」という人でも何の疑問も持たず「世界最古の時計メーカーはヴァシュロン・コンスタンタンである」としていることが多い。なぜファーブル・ルーバが中断したかどうか検討しないでそんなことが言えるのか。「世界最古の会社」を論じるなら自分の能力の範囲だけでももっと古い会社がないのか確認するのが当然と思うが、面倒なので誰もしないのだろう。もう一つ捕足しておくと「黙って座っていても誰かが教えてくれる情報」の出所は、間違いなく当該ブランド広告だ。つまり「世界最古の時計メーカー」を議論する場合に即候補として挙がるのが現状ブランパンとヴァシュロン・コンスタンタンだけなのは、現在「特別歴史の古い時計メーカー」を売り物にしているのがこの2ブランドだけということによる。ファーブル・ルーバはよく知らないが「昔輸入されていた時に代理店がセールストークに使ったのが一部の人たちの記憶に残っている」ってぇところだろう。
 そもそも、例えば1730年創業のメーカーがあったとして、1730年当時「1730年創業である」という事実は何の意味も持たない。実際△11の実家の近所に1980年のオープン当初から「since1980」と看板に掲げた喫茶店があって、近所でしばらく嗤いものになっていたものだ。誰かが何となく始めた仕事が300年後まで続いて取材を受けて「老舗でいらっしゃいますが、創業は何年ですか?」と聞かれたって、正確なところは分からないのが普通なんである。創業年がいつであるか、その事実が現在に至るまで確たる証拠を残すことは偶然の産物に過ぎず、証拠が残っていないメーカーの中にもっと古いメーカーもあるかも知れない。
 結局これは、高々100年かそこらしか生きられない人間が自分勝手にわぁわぁやって来た中で、結果として現在どのブランドに商品価値があるか、という問題でしかない。商品価値があればその元で時計が製造販売される。「最古のメーカー」なんてものは概念そのものが虚しい。

 順位決定や、文字面だけの「独創」なぞに何の意味もないと思い知るべきだ。

関連記事:
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日本で二番目に高い山はどこだ?

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コメント

ファーブル・ルーバ2008年新作モデル | Gressive
http://www.gressive.jp/tokimegu/2008/catalog/favre_leuba/

》新たな資料により、創業者アブラハム・ファーブルが1718年に時計
》製作を開始したことが判明。

投稿: プリズム11 | 2013年6月15日 (土) 09時09分

こりゃひどいね。

小さな時計屋のアラフォー女性店長 金子のブログ
http://blog.ki-watch.com/?eid=45

「ジョン・ハリソンのようにブランパン以前から存在するメーカーがあると言われることがありますが、最古の・・と名乗るにあたって『創業年が証明可能な現存するブランド』という定義があるようで、その時点でブランパン以前のメーカーは当てはまらなくなります」

だってさ。
ジョン・ハリソンのブランドを使った時計は現在販売されとるぞ。ジョン・ハリソンが時計を作り始めたのはWikipediaによれば遅くとも1713年だ。勝手に名乗っとるだけかも知れんが、法的にはともかくブランパンの創業者からしたら現在のブランパンだって僭称だろう。
「世界最古の時計メーカーはどこ?」という議論に参加するのに創業年の証明が要求されているとしたらその要求自体がおかしい。創業がいつか分からなくても、例えば製品現物がいくつかあれば、創業はそれより前なのが明らかだ。例えば1720年代に作られた時計が複数残っているメーカーについて「創業年がまったく不明だから」「今はそのブランドで時計が作られていないから」という理由で「世界最古の時計メーカーはどこ?」という議論に考慮しないって、一体君は何をしようとしているのだ。「世界最古の時計メーカーがどこか」を議論しようとしているのではないのか?

こんなこと書いていて虚しくならないのか?
要するに「世界最古の時計メーカーはどこ?」なんて議論は現代大量生産の時計を高価に多数売るためのセールストーク、その捏造に駆り出されているだけで虚しい、と思わないのか?

投稿: プリズム11 | 2019年8月 2日 (金) 01時27分

こりゃひどいね。

世界で一番歴史のある時計ブランド、ヴァシュロンコンスタンタンの魅力とは!
https://nanboya.com/tokei-kaitori/post/vacheron-constantin-mig-nws/

「日本で言うと1755年は江戸時代。日本に腕時計なんて無い時代にスイスではもう時計が開発されていたんですね☆」

だってさ。

1755年に腕時計なんて世界のどこにもないし、日本製の古い時計なら時計屋左兵衛が1673年に製作した現物が残っとるわ。

投稿: プリズム11 | 2019年8月 2日 (金) 01時46分

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