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2012年7月 3日 (火)

ライカ・コンタックス論争、情報まとめ

 この論争に対する△11としての基本的立場は「小型軽量を目指したライカと、迅速万能を目指したコンタックスではそのコンセプトがかなり違う。目的が違うものを比較の対象とするべきではない」というところから変わっていない。ここで触れるのは単に野次馬的な観点からである。

 基本的に△11が「ライカ」という場合はライカIIIb、「コンタックス」という場合はコンタックスIIが念頭にある。実際のライカ・コンタックス論争で佐和九郎がK・K・K名義にて「ライカとコンタツクスとどちらがよいか?」を書き、井上鍾が「降り懸かる火の粉は拂はねばならぬ」を書いた時には、ライカIIIaとコンタックスIを前提にしていることは注意が必要かも知れない。
 巷の書籍では、場合によりライカM6とコンタックスG2を前提にしていたりする。

・外観美(佐和九郎の採点、以下同じ:ライカ100点、コンタックス85点)
 日本での論争以前にドイツでも論争があったらしく、佐和九郎は冒頭「ライカはイーストマン製の旧ヴェスト・コダックに基本の形を採った旧い形であるが、コンタックスは近代向の角型を採用したモダン型であるとドイツ雑誌の泥試合記事に書いてあったと記憶している」と書いている。
 佐和九郎は「コンタックスは決して醜い姿ではないが、実用向に重きを置き過ぎて外観美を犠牲にしている傾がある。ライカにはクローム型があり、確かに美しい。」としてライカに軍配を上げている。
 井上鍾の主張は「ライカカメラの両端が圓い形であることは、車輪の圓を圓とする素直なる設計以上のものではない。」「クローム渡金したのは、光と色の美によつて人の心を魅せやうためではない、黒ラックより以上塗に耐久性あらしめるためである。」である。

 この時点で見る限り、どちらかと言うと井上鍾の主張に説得力を感じる。
 ただ「光と色の美によつて人の心を魅せやうためではない」も「耐久性あらしめるため」も、野暮ったく傷が入り難いコンタックスIIにこそふさわしい。ライカのメッキは美しいがすぐ傷だらけになり、コレクター需要により美品の相場がつり上がり「傷一つ1万円」などと言われていたのは周知の通りである。
 戦後ツァイスのメッキは見た目派手になって本質的な美からは退歩したがさらに頑強になり、ハッセルブラッドのCシリーズレンズやコンタレックスの前期レンズの購入を検討する人が「使い込まれた個体も傷が少なく、見た目が使用頻度の目安にならない」と嘆く程だ。

・容積と重量(ライカ100点、コンタックス70点)
 △11に言わせればこれはコンセプトの違いが真っ向出た箇所であり、一番比較してはならないポイントである。特別ライカIIIaが小型軽量であるだけで、それはそのコンセプトが要求しているんである。
 まぁそれでもコンセプトを害さない範囲で小型軽量であるに越したことはないわけだし、実際コンタックスIはライカIIIaと比較して違和感がない程には小型軽量に務めていたようにも見えるので、この時点で比較することはそう的外れでもなかったのかも知れない。

 コンタックスIIも今から振り返ればわぁわぁ言う程デカくも重くもない、普通の大きさと重さのカメラだ。コンセプトに「小型軽量」が入っていない以上減点される理由はない。

・堅牢度(ライカ65点、コンタックス100点)
 世評から見てライカのボディーが実用上の堅牢度においてコンタックスのボディーに劣ったということはなさそうだし、少なくとも佐和九郎が出した点数程の差はないだろう。

 井上鍾の主張「圓いものが弱くて角型のものが強く、薄いものが弱くて厚いものが強いとは、野蠻人か子供騙しの論」は「なるほどその通りだ」と膝を打つような爽快さがある。

・レンズ(ライカ75点、コンタックス100点)
 これは誰も心底からライカが勝るなどとは思っていないだろう。
 もしライカにカール・ツァイスのレンズが装着できたのであれば、そしてその代金を支払う財力もあったなら、ライカファンを自称していた者ほとんど全員が諸手を挙げて自分のライカにビオゴン35/2.8、ゾナー50/1.5を装着したに違いない。
 これに対し、コンタックスにエルンスト・ライツのレンズが装着できたとして、コンタックスファンを自称していた者のうち何人が自分のコンタックスにわざわざビオゴン35/2.8、ゾナー50/1.5ではなくエルマー35/3.5やズマール50/2を装着したであろうか。

 井上鍾の舌鋒もこの分野ではさすがに鈍い。「使用者にとつての問題は撮つた繪の良し悪しである。映寫器にライカレンズを附けて、微粒子ネガ、反轉或はポジの素晴らしき像を檢せられよ。」要するに使用上問題は感じないだろ、という及び腰である。

・シャッター(ライカ60点、コンタックス100点)
 当時この項目が一番問題となった。佐和九郎は「ライカのシャッターが寒さの影響を受けて動作が不正確になったり、動かなくなった実例は耳にタコと申してよいくらい」と書き、これに対し井上鍾は「ライカのシヤター幕が寒氣、熱、湿度に影響されるといふ。彼は初期のライカの幕のことを考へて居るのであらう。それはライツの努力によつて現在の劃期的な幕の出來たことを知らぬものゝ言葉である。」と反論した。

 ライカI(A)で「多くのシャッターはシャッター幕がべた付くことが原因で交換しなければならなかった。他のトラブルとしては寒冷時にシャッターの動作が不調になることであった」(『クラシックカメラ専科No.50 ライカブック'99 ライカのメカニズム』P125)とシャッターに決定的な欠点を露呈させたエルンスト・ライツは対策を急いだ。一時ユーザーに渡す代車ならぬ「代カメラ」として、それまでに世に出たライカI(A)と同数だけ急遽生産されることになったのがコンパー付きのライカI(B)であった。今で言うリコールである。
 対策済のライカIIIaを前提にしているのだから、この議論は井上鍾の主張に分があるように思える。しかしそれはこれより以降エルンスト・ライツが充分な信頼を得たことを知っている現在から見ているからこその結果論であって、まだカメラ業界では駆け出しだったエルンスト・ライツが初期製品に起こした不祥事は当時購入を検討していた人から見れば大きな不安材料となったに違いない。それから、シャッター幕はアメリカのグラフレックスから輸入したので、エルンスト・ライツの努力の成果は「劃期的な幕が出來た」ことにではなく「劃期的な幕を發見出來た」ことにある。

 牧村雅雄が『降り懸かる火の粉は拂はねばならぬ』に寄稿した『機械人のみたライカ』中にある有名な「捲上げる毎に指先に感じるあの抵抗は、リボンの命乞ひの悲鳴だ」という一節は、初見では面白いものの、よく考えて行くとあまり説得力を感じない。
 コンタックスに使われていたリボンは実際相当長い期間その機能を果たしている。例えば、佐貫亦男が愛用したコンタックスIIのシャッターリボンが切れたのは「20年近く使った」(『ドイツカメラのスタイリング』P31)末のことであった。ロバート・キャパは1944年のノルマンディー上陸作戦と1954年にインドシナで殉職した時の両方の時点でコンタックスIIを使っていたとされている。三堀家義は1952年1月に「(△11注:カール・)マイダンス氏が使っていたカメラだったから、いささかの心配もせず、テスト抜きで本番撮影をしたが、案の定、よく写ってくれた。」とコンタックスIIをぶっつけ本番で仕事に使って満足している(『ニコンの世界』P192)。換えても換えてもリボンが切れるようなカメラが、このような使われ方をするはずもない。
 そしてこれはこの論争段階では考慮され得なかったことだが、寿命を終えたリボンは、切れた順に、数段頑強で寿命の長い外科手術用ポリエステルテープに置換されつつある。

 また牧村雅雄は同じく『機械人のみたライカ』に「殊に布紐に斯くも重要な働きをさせながら『全金屬』という宣傳は、その會社の良心をさへ疑ひたくならう」とも書いている。
 しかし布幕フォーカルプレーンシャッターを持つレンジファインダーカメラを持ち歩く場合にキャップをつけるかレンズを太陽に向けないよう留意する必要があり、そこまで神経質になる必要がないであろう金属幕にメリットが存在することは事実である。例えば三木淳はカメラ名を出していないが「夕日のためにカメラのゴム引きのフォーカルプレーンシャッターが焼けて穴が開いたのも知らず撮影を続け、それが全部駄目になった」(『ニコンの世界』P190)話を書いている。

 個人的かつ無責任な仮説だが、機械設計をする場合、重要な箇所を傷めないという目的で、重要な箇所と連動しておりかつ交換しやすい箇所の部品の堅牢度を故意に下げる場合があり、このリボンに関しても、真鍮製金属幕を傷めない目的で布を使った可能性はないではないと思う。
 例えば3枚の歯車で動力を伝達する場合、全て鋼製では何かトラブルでトレーンがスムーズに動かなくなった時などにどの歯車も歯が欠ける可能性がある。しかし鋼製、真鍮製、プラスチック製と3枚の歯車を組み合わせれば、歯が欠けるのはプラスチック製歯車だろう。そこを交換しやすくすれば鋼製歯車は交換しにくくても大きな問題にはならない。
 まぁしかしシャッターリボンを布からポリエステルテープに置換した個体でも全く問題は聞かないから、この仮説は、当時の意図はともかくとして、実利の面でこうだとは言いがたい。

・距離計(ライカ85点、コンタックス100点)
 使用した人から聞いた限りでは「ツァイス・イコンは狂う余地がないように設計している。エルンスト・ライツは狂ってもすぐ自分で調整できるよう設計している」という印象である。

 有効基線長のみで単純比較する人がいるが、倍率をかけることで誤差も拡大されるので倍率より基線長で有効基線長を稼いだほうが精度面では有利であるし、「有効基線長が同じなら倍率が高い方が見やすい」と言う人がいるなど、単純な話ではない。
 ちなみに実際の基線長(mm)×倍率(倍)=有効基線長(mm)はライカIIIaで38×1.5=57。コンタックスI前期型で102×1.0=102、コンタックスI後期型で93×1.0=93、コンタックスIIで90×0.7=63。

 強いて単純比較した結果、世界一のレンズ設計陣を擁するカール・ツァイスをバックに迅速万能を目指すコンタックスが強力な距離計を持っているのは当然すぎる程当然のことである。距離計連動レンズとしてゾナー180/2.8なぞといったバケモノがラインナップされて来るシステムのカメラなのだ。だからこれもコンセプトの違いで説明できる範囲だと思う。

 ここまで「ライカとコンタツクスとどちらがよいか?」にある項目通りに反論して来た『降り懸かる火の粉は拂はねばならぬ』の反論はここで終わる。

・ファインダー(ライカ95点、コンタックス100点)
 比較されているライカIIIa、コンタックスIともにコンタックスII登場により時代遅れにされた史実を知っている者からすれば比較は無意味。笑止である。
 三堀家義は「距離計がファインダーと一つになっている一眼式連動距離計のほうが仕事がしやすく、両方が分離しているライカIIIFでは、仕事がしにくかった。この点で、コンタックスII型は大変に具合が良かった」(『ニコンの世界』P193)と書いている。
 戦後佐和九郎がライカIIIfを前提に「思い切った改造をすれば、コンタックスに似たものとなる。」(『佐和写真技術講座2 カメラとレンズ』)と書いたとおり、ライカM3はコンタックスIIそっくりのカメラになってしまった。

・フィルムの装填(ライカ90点、コンタックス100点)
 ライカのフィルム装填が面倒なのは事実だが、漏光の危険を減らしたりボディーを小型に保ちつつ高い強度を持たせるための設計思想の結果であったりするんだろうから、それで成果が出ているのであればそのコンセプトを必要とする人が「特殊カメラ」として使用すれば良いのであって、その観点では一概に欠点とは言えない。こう見る場合は比較すること自体が間違っている。
 しかし世間にライカは「一般カメラ」として扱われた部分もある。その現状を踏まえれば、90点はかなりの過大評価かも知れない。無論この評価については「カメラがもう少し大きくても便利であることを求められた」ことを見越せなかったことを除けば、エルンスト・ライツの責任ではない。

・精密度と確実性(ライカ90点、コンタックス100点)
 読んでみても結局シャッターへの不信感だけであり、「シャッター」と分けて特に独立項目とした理由が分からない。

・取り扱いの便否(ライカ100点、コンタックス100点)
 佐和九郎はこの項目のみ「とやかくの批評は十分に馴れないのに原因するらしい。」という理由で引き分けとした。

 「馴れ」る程コンタックスIに触ったことはないが、ライカIIIaとコンタックスIで「そのカメラに馴れさえすればほとんど同格、この点差等を付けるだけの差異がない」というのが本当であるならば、コンタックスIIに慣れたらライカIIIaでは太刀打ちできないことになってしまわないだろうか。

・付随事項(ライカ80点、コンタックス100点)
 佐和九郎が「コンタックスが勝る」とした点は「乾板使用可能」「三脚穴が中心位置にある」「金具引き出しにより机上に立てて置ける」「手袋をはめたままで使える」「一般用レリーズが使える」「ボディー内部のゴミを掃除できる」「速写ケースの蓋が撮影の邪魔にならない」。
 佐和九郎が「ライカが勝る」とした点は「双眼写真を写せる」「付属フィルターの平行平面が完全である」「フィルターをかけてもレンズ・キャップをかけられる」。「双眼写真を写せる」とはステレオリーのことだろう。カール・ツァイスのステレオター35/4は1940年発売、エルンスト・ライツのステマー33/3.5は1954年発売だ。

 、、、色々書いているが、少なくとも現代から見て、ほとんどどうでも良いことばかりである。個人的に優劣に関係すると思われるのは「一般用レリーズが使える」「ボディー内部のゴミを掃除できる」だけだ。

・値段(ライカ100点、コンタックス80点)
 現在は普通の独身社会人なら1ヶ月の給与で両方を買えるかも知れないが、当時の人にとってはこの通りであり、かつ切実な要素であったろう。

・合計(ライカ約86.7点、コンタックス約94.6点)
 以上各項目の点数を単純に加算するとライカ1040点、コンタックス1135点、項目数で割れば上記の平均点となる。しかしこの数字を佐和九郎は明示せず、かえって「このままを累計した平均点が真の正しい答ではない。」と書いている。その通り、目的によって評価は変わって来る。

 △11はこの論戦についてこう考える。「結果として双方のファンが多いに楽しんだ。ファンサービスとしては上出来であったのではなかろうか?」
 それと、もしかしたら、激しく非難し合っているようにも見えて、実は阿吽の呼吸で、お互いスリップストリームで引っ張り合っていたのかも知れない。このような激しい論戦となった時、皆論戦の当事者の比較に夢中になり、他のカメラには目が行かないからだ。

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