2009年9月11日 (金)

趣味人生の手じまいに向けて

 最近いくつかの事柄から、趣味人生の手じまいについて考えさせられている。

 利用者様の家に行った時のことだ。そのお宅はかなり裕福で、普通に暮らして行く分には大きい問題はない。「あなたの仕事には関係ないだろうけど」という枕詞付きで話してくれたこの家の問題は、趣味の設備や物品の維持・管理であった。例えば、趣味用の別棟が土台から腐っていて改修となると相当な費用と手間が掛かりそうなのである。ご主人は趣味をする時間はあるが脳梗塞が頻発するようになり体力面でも気力面でも無理が利かなくなって、先日も庭の水まきをしていて調子を崩ししばらく入院するハメに陥ったという。「若い頃はあまり先のことを考えないで趣味を拡張して来たけれど、今になると負担になるばかりやねぇ」と仰る。

 これを聞いていて連想したのは、いくつかの私設天文台の辿ったであろう行く末だった。1980年代後半にはハレー彗星に伴う天文ブームで、私設天文台が皆の憧れだったから、別荘を兼ねて建設したという記事が雑誌面を賑わしていた。しかし建てた人が年を取ると、使う人も修理する人もいないから荒れるばかりだったろう。売ろうにも若い人の間では趣味をやっている人は少ないし、やっていても欲しがる機材のトレンドが違う。人生の資産の大きな部分を投入して建設したのであろうが、後は処分費用がかかるばかりである。これはヨットや別荘の趣味でも全く同じことが言える。
 カメラやコンピューターなど前述の趣味と比較すれば設備が小さく済む趣味と言えども事情は同じであり、使いもしない機材が邪魔になる時期は来る。

 無論まだ具体的に手じまいを始める時期ではないと思う。しかしいつ手じまいをどのように始めて進行させて行くか、少なくとも今後大きく拡張する際には慎重にということは考え始める必要があるだろう、とは思う。

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2007年9月24日 (月)

ワッチアップ!

 元々はアメリカンフットボールの用語だと、ヨットの雑誌で読んだ。
 △11の理解では、「上を見ろ=足元ばかり見るな」という意味で、具体的には例えば「しゃにむに中央突破を試みず周囲を見て相手の守備陣の薄いところ、味方の攻撃陣の濃いところにボールを回せ」ということである。
 ヨットでは、「ロープや舵の操作に忙殺されるのではなく、風や潮の流れはどうなのか、周囲の船はどうしているのか、自分の船はどうしているのか、その結果どうなっているのかを見て次の戦略を決めろ」ということになる。

 いつ読んだのかはすっかり忘れてしまったけれど、どこの業界でもこれを心がけている。
 そもそも自転車でもスキーでもこれをやっていたから、この文章を読んだ時合点が行ったのであろう。高速走行時には視界全部に10%程度の集中度で意識を分散する、換言すると「どこも(集中しては)見ない」という見方が必要なのだ。何かおかしいと思ったらその箇所に20%程度の集中度を回す。事故の前兆だと思ったら40%の集中度を回す。そして最終的に事故を防がなければならない段階になって80%の集中度をその箇所に回し、回避に全力を挙げるのだ。

 介護の業界に入ってもこれは役に立った。一つ事故が起きると一斉に職員の目が事故に集まる。事故の周囲に人だかりが出来る。本人たちは「仕事をしている」という自覚の元、やっていることは野次馬である。そしてすっかりその他のことは留守になる。他のところで転倒注意者が立ち上がろうとしているかも知れないのに。
 △11は転倒で床に落ちて行く入所者の頭の下に手を入れたりして何度も事故の被害を小さく、もしくはなくした。それを先輩はこう言った「よく事故の時にいるなぁ」そうではない。最初から周囲を広く見渡し、何かおかしいと思ったらその箇所に20%程度の集中度を回す。事故の前兆だと思ったら40%の集中度を回してそちらに走る。そして最終的に事故を防がなければならない段階になって80%の集中度をその箇所に回し床めがけて落ちて行く入所者の頭の下に手を入れるのだ。
 こう書くと物を知らない者はこう言うかも知れない。「最初から視界全体に100%の集中度を持っていればその方が良い」しかしこれは机上の空論であり、ちゃんと仕事をし、そしてその仕事の内容を自覚している人間は絶対にこれに同意しないだろう。全てはトレードオフであり、人間の集中力というものはどこかに回しただけどこかが留守になるものなのだ。

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2006年12月18日 (月)

スキーの長さと裸の王様

 今はそんなことはなくなったが、昔は小中学生も元気だったものである。だからスキーで引率のマネゴトなぞしていると結構「板はどんなのを選べば良いですか」とか聞かれた。「△11さんは飛ばし屋だから色々詳しい細かい話が聞けるに違いない」という気持ちであろう。
 例えば「オーストリア製は高速滑走に、フランス製は回転に向いている」等と言えば受けが良かったのかも知れないが、△11の回答は「板なんか何だっていい」だった。色々な板に乗ったが違いが感じられたことはない。もっとシビアな状況ならともかく△11のやっている範囲ではどれだって良い。
 「では何cmくらいが良いでしょ?」と食い下がる奴もいる。△11の答えは「180cm」であった。「185cm以上だとバスや電車に持ち込むのが急に面倒になるから」である。180cm以下にしておけば引っかかっても無理矢理引っ張り込めば通れるが、185cmは板を斜めにするなりして気を使わなければ無理矢理引っ張ったって通らないのである。
 余談になるが、もっと短くても良かったのかも知れない。だがこの当時175cm以下となると女性用とか子供用になってしまう。まぁ180cmで用は足りるのでそれ以上どうしようと考えたことはなかった。
 これを冗談と取る奴もいた。長い板を礼賛するのが当時の世間の趨勢、まして技量が高ければ200cm以上の板に乗ってウンチクを垂れていた方が格好良かった時代である。「バスや電車に、、、」ではいかにもマヌケな話だ。「でも180cmでは短か過ぎますよ、直進安定性が、、、」「冗談じゃねぇ、おめぇは俺より速く滑るのか。俺があの速度で滑っていて直進安定性に不満がないのに、何でおめぇが直進安定性を語れるんだ」
 その後カーヴィングスキーが出て来てスキー板は160cmでも当然の時代が来た。この長さでも直進安定性は充分だそうである。

 今の若者はこの話を読んで笑うかも知れない。しかし現代の若者はまだ自分の裸加減を実感する経験をするほど長生きをしていないだけである。裸の王様でいないことは意外に難しい。

 で、△11は最近200cm超のロシニョール 7Sケブラー(△11のスキーケース)をゲレンデで振り回して悦に入っている。

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2006年10月13日 (金)

グッズマニュアル

 1960年代、1970年代、1980年代、それぞれの時代それぞれの分野に詳しい人が執筆している。

Scan0083  1960年代、、、△11は遺物と伝聞でしか知らない。しかし3冊の中では一番眺めていて面白い。

 なぜ面白いのかを考えるに、1つには△11の方に知識がない、というのがあると思う。知っている分野の読み物は、記事の間違いが気になったり、自分にとってもっと面白い物があるのが掲載されていないのにがっかりしたりするものだ。
 それから、どの分野でもまだ全然電子化されていないため、力技を随所に見ることが出来るからだろう。端的なのは時計の分野で、クォーツの時計は1969年発売のため、掲載品は全て機械式なのである。

Scan0082  1970年代。△11が育った時代の前半である。
 まだ子供であったから、ほとんど分からない。それでも兄が使っていたクナイスルのスキー板のデザインと、スーパーカーブーム真っ盛りの当時は必須の知識で誰でも一通り知っていた自動車、古い趣味の一つであるカメラの分野は分かる。

 余談であるが自動車の分野で当時ランボルギーニカウンタックLP400Sはフェラーリ365GT4BBよりメジャーであったし、フェラーリ 365GT4BBはマセラティのボーラ/メラクよりメジャーであったし、ポルシェ911はポルシェ924よりメジャーであったが、この比較全てマイナーな方に魅力を感じる自分は何なのであろうか。単なるマイナー好きではないつもりなのだが、、、

Scan0081  1980年代。△11が育った時代の後半であり、一番好きな年代である。しかしグッズマニュアルに関して言えばあまり面白くない。
 色々要因はあると思うが、一つには、どうもあの時代を後から振り向いてみる場合「電子化」に重点を置かざるを得ないからではないか。カメラの分野を例に取ればミノルタαー7000以降のカメラがほとんどで、それはあの時代を振り返ろうとする場合避けて通れないことであろうが、△11個人としては趣味として面白くないし、面白くない人が多いのではないか。
 もう一つは、自分がかなり詳しい分野もあるせいではないか。総合的に趣味の話をすればそれぞれの趣味は紙面の関係で内容が薄くなるのは当然である。自分のやっていない分野の記事はそれなりに面白いし、いかに自分の育った年代のことを知らないか、と思う。人間の興味の範囲は限られており、世の中は広い。
 それから、望遠鏡等あまりにマイナーな趣味はやはり掲載されない(^_^;

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2006年9月 7日 (木)

旋回するということ

 自転車で速く走れる、もしくは昔走れたことのある人は同意してくれると思うのだが、後輪に乗っている感覚で走っているのではないだろうか。前輪は補助輪みたいなものだ。

 スキーなら旋回の際外側になる板の内側エッジに乗っている。
 「2本の板が絡まる」という相談を受けることがあるが、それは加重が内側板に残っているからである。
 本来外側板の内側エッジは著しい加重で雪面に押し付けられているから、加重の抜けた内側板がその下に入り込む余地はなく、2本の板が隣り合っていても絡まる心配は無用である。
 余談になるが、体重と遠心力の全てを外側板内エッジに乗せ、加重が完全に抜けた内側板は自然に浮いて外側板の横に落ちて来る、これがパラレルターンである。「板が揃わない」そんなことを悩む必要はない、板は揃えようと思って揃えるものではなく勝手に揃ってくれるものだ。
 もう一つ余談になるが、△11が「安全な範囲でスピードを出せ」というのは、この完全に外側板内側エッジに乗る感覚を身につけるためだ。スピードが出ていない状態で片方の板に乗り切ることは難しい。
 リズムに乗ってハイスピードで旋回出来るようになると、自転車なら後輪、スキーなら外側板内エッジというよく切れる刃物で何かを切っている錯覚に襲われることがある。

 ヨットではセンターボードが全くそれであった。
 メインセールが風を受けて船がヒールして行くのをハイクアウトで戻しながらも少し外側に傾いたままセンターボードを中心に旋回させるのである。自転車やスキーと違うのは、水の抵抗が大きく向かい風なのでブレーキは勝手に掛かるため、スピードを落とさないようコース取りし、タックを素早くする必要がある。

 バイクでも自転車と全く同じく後輪である。

 自動車は外側の後輪。ハイパフォーマンスドライブの際にはハンドルで曲がるわけではない。巧く説明出来ないが、ハンドルは加重移動に追従する結果なのである。

 実際に操縦したことはないが、フライトシミュレーターゲームをやっている限り航空機も全く同じ感覚だ。

 ジェットスキー、マリンジェットはこれに全く当てはまらず、ハンドルで旋回させるもののようだ。

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2006年4月26日 (水)

多趣味の勧め

 個人的には「広く浅く」だと思っているのだが人から見ると「広く深く」に見えるらしく、趣味の話をしていると結構「よくそれだけ色々なことに詳しいですねぇ」と言われる。

 △11が卒業した高校は、英語を重視していた。普通科以外に英語科があり、外国人講師が多数おり、日本人講師も英語だけでなく色々な言語を話せた。学校の内線電話で先生同士が英語、ドイツ語、フランス語等をチャンポンに話していたものである。
 そこで「多言語をマスターするコツは、同時に多数の言語を学ぶことだ」と聞いたことがある。ヨーロッパの言語はほとんど全て親戚みたいなもので、英語とフランス語なら片方の単語を覚えて変換方法を覚えれば良い。文法は、共通とは言わないが似たところが多数あり「あぁ聞いたことのある話だ」ということが多いはずである。同族の言葉を増やすなら加速度的に楽になって行く。無論実際にはもう少し複雑であると思うが、原理はそういうことだ。

 オルゴールの博物館に行って展示物を見ていたら「こりゃ古いポケットウォッチに使われているフュージー機構そのものじゃん」ということがあった。ゼンマイの緩む力を歯車で減速し脱進機で定速化し精密な低速回転を得る点に於いて時計とオルゴールに使われている技術は全く同じなのである。実際アブラアン・ルイ・ブレゲ、フランソワ・ルクルト、ジャケ・ドロー等はどちらの分野でも有名人である。
 大型の「オルゴール」には多数の楽器を組み込んだものがあり、オルゴールと楽器の間に境界線はない。
 その自動演奏に合わせて、模型の楽器を演奏するように動く自動人形が組み込まれたものもある。時間が来ると中で鐘が鳴り、人形が模型の鐘を叩く時計がある。ここにも境界線はない。
 オルゴールはドラム交換式になって一台のオルゴールで色々な曲を演奏出来るようになった。さらに長時間の演奏を求めてディスク交換式に進化したが、その技術は蓄音機が発明された時そのまま活用された。さらに音楽再生への執念はレコード、コンパクトディスクへと進化して行った。例えばレコードプレーヤーのメーカーとして知られるトーレンスは元々オルゴールメーカーであった。精密回転を得る技術の末裔は現在ハードディスクに使われていることだろう。
 時間計時を正確に行う技術はカメラのシャッターにも使われる。セイコーは時計以外にカメラのシャッターも作っているし、ルクルトもカメラを作ったことがある。またボレックスのメーカーとして知られるパイヤールは元々オルゴールメーカーであった。
 縮尺は違うものの、現代のバイクや自転車で使われているものと全く同じ構造のチェーンが古いポケットウォッチやオルゴールにも使われている。
 規格化、という概念が発生したのは銃の分野である。銃1丁につき同じ大きさで多数の弾丸を揃えなければならない必要性が目の前にある。この概念はあらゆる機械製品に流用された。この概念があって初めて大量生産が可能になり、オプションを交換して一つの製品を色々な用途に使えるようにもなった。修理も故障部品だけを交換するだけで可能になった。前述したドラム交換式オルゴールも銃の発明なくしてはなかったかも知れない。また工作精度が高くなければ規格に収めることは出来ないため、工作精度向上に強い圧力となった。
 ヤマハのレコードプレーヤーで覚えた「ジンバルサポート」という単語はヨットの分野ではコンロ、時計の分野ではデテントクロノメーターでも出て来た。レコードプレーヤーでは振動を拾わないため、ヨットのコンロでは揺れる海上で調理物をひっくり返さないため、デテントクロノメーターでは脱進機の姿勢差を出さないために水平に宙に浮かすのだ。
 要するにこれらは大きく言えば歯車やゼンマイやカムやふいご等の組み合わせを駆使した「機械文明によって製造された製品群」なのであって、厳密な分類などは無意味である。

 このように、趣味にも同族のものが多い。例えば自動車とバイクはほとんど同じ原理で動く。時計は歯車で駆動されている点で近い。カメラは光学関係が入るだけ。望遠鏡はカメラとほとんど同じ。電気製品であるという意味でオーディオとパソコンは同じ、自動車やバイクやカメラや望遠鏡にも電装部品はある。金属素材の処理の話はあらゆる機械関連の趣味で出て来る。自動車やバイクで石油燃料のエネルギー、すなわち危険性を知っているから、アウトドアでのストーブの扱いも人に言われる前から慎重になるだろう。
 そういうわけで無趣味の人や単趣味の人から見る程大変でもない。無論自分で修理するとなれば全然別問題であろうが、普通に使うために人の説明を聞く分にはピンと来る話が多くて楽だし、何より面白いことも増えるのだ。

 △11は言語に関しては挫折したが、趣味をやるなら多趣味がお勧めである。

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