2014年3月15日 (土)

STAP細胞、重要なのは再現性で、他はどうでも良い

STAP細胞、作製手法公表へ…バカンティ教授
》理化学研究所の小保方晴子ユニットリーダー(30)ら
》が発表した新たな万能細胞「STAP細胞」の論文で不
》正が疑われている問題で、論文共著者の米 ハーバー
》ド大のチャールズ・バカンティ教授は14日、STAP細
》胞の詳細な作製手法を近くウェブサイトに公表する考
》えを明らかにした。世界の研究者に再現 実験を促し、
》STAP細胞の存在を証明したい考えだ。
》バカンティ教授はSTAP細胞論文について「比較的軽
》微な間違いや外部からの圧力によって無視するには
》あまりに重要な論文だ」と指摘、論文を撤回する意思
》がないことを改めて示した。

 それでいい。画像の入れ間違いだの変造だの流用だの、どうでも良い話だ。重要なのは再現性があるかどうか、すなわちSTAP細胞の作り方を書いた論文のやり方で誰か他の人がやってSTAP細胞が作れるかどうかだ。ただその一点、その一点のみが科学の根幹である。

 小保方晴子が2011年に早稲田大学に出した博士論文などどうでもいい。はっきり言って、いい加減なものを出しても通るのがあまりに自明であったのなら、わざわざちゃんとした論文を作るだけバカというものだ。
 その場合科学の観点からはそもそも早稲田大学の博士号取得それ自体が意味がない行為だったということになるが、まぁそこは世間の、科学に対する無理解から、事実として役に立ったり必要だったりする場合もあるだろうから、大人の事情で取るのは勝手だろう。

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2013年11月 4日 (月)

山本太郎とみのもんた

 △11はどっちも嫌いである。しかし嫌いだから何を言ってもいいわけではない。

 山本太郎が園遊会で天皇に手紙を渡して批判されている。
 「憲法違反」?
 こう書く奴が山ほどいるのに、どの条文にどう違反しているのか、誰も書かないのはどういうわけだ。
 「請願法違反」?
 これを言うならまず山本太郎が出した手紙が請願に当たるかどうかを検討しなければならないが、内容が未公開なのにどうして請願に当たると言えるんだ。それと、請願法ってのは第4条「請願が誤つて前条に規定する官公署以外の官公署に提出されたときは、その官公署は、請願者に正当な官公署を指示し、又は正当な官公署にその請願書を送付しなければならない。」第5条「この法律に適合する請願は、官公署において、これを受理し誠実に処理しなければならない。」を読めば分かるとおり官公庁に対して作られているもので、当然請願者に対する罰則もない。山本太郎の手紙が「請願」に当たる場合、天皇は「請願者に正当な官公署を指示」せず受け取ったのだから、後は天皇から「正当な官公署にその請願書を送付」すれば終了。送付先は第3条「天皇に対する請願書は、内閣にこれを提出しなければならない。」から、内閣だ。まぁこれは大日本帝国憲法下で天皇に民衆が接するのを防ぐ意味で規定されているんだろうから、平穏に天皇が受け取った以上内閣との間で手紙を往復させる意味はないので、そこまで文理解釈せずそのまま受け取っちゃっても良いとは思うけどね。で、請願法違反だと言い張ってる馬鹿者は、山本太郎の出した手紙が請願法にいう請願に当たるという主張をしていることになるが、第6条「何人も、請願をしたためにいかなる差別待遇を受けない。」も読んだんだよねぇ。請願法違反を論じるのなら、まさに山本太郎を請願法違反で非難している者にこそ当てはまる話だ。
 「議員辞職モノ」?
 こんなのマナー違反かどうか、という程度の話だろう。余談になるが、現行憲法下で天皇に対する請願の存在を前提に請願法が定められていることで分かる通り、天皇に対する請願は憲法違反でも法律違反でもない。無論政治的権限がない天皇にたいして政治に関する請願をしても無意味だろうしそれを知ってか知らずか行なったことに関しては政治家として無能である証拠になるかも知れないがそれだけのこと、次の選挙に際し国民が判断すれば済む。まぁ選挙運動で選挙権のない子どもに対してもちゃんと手を振る政治家が多い中で、判断材料にされるべきとは思えないけどね。今後も根拠を出さないまま「辞職しろ」「辞職しろ」「辞職しろ」と皆で言い続けるなら強要罪が問題になって来る可能性もあるのでご注意を。
 「請願法第3条違反は本人が認めている。法を犯した者は保護する必要なし」?
 そうか、君は例えば道路交通法違反を1回したらもう警察にも消防にも刑事訴訟法にも守ってもらわなくていいって主張なわけだ。日本はそういうルールの国じゃないので、そういう主張の人は他所ヘ行って下さい。ちなみに今回の「山本太郎の請願法違反」は請願法の趣旨からして道路交通法のスピード違反や一旦停止違反程の違法性もない。住民票を取りに行くのに、市役所で行く窓口を間違えたくらいの話だ。
 「政治利用」?
 よく言うよ。言っている側がこれまで散々政治利用して来て、今も山本太郎の件を政治利用している癖に。そもそも山本太郎は手紙を渡したことを自ら公表したんじゃないだろう。批判されて広く知られたんだろう。政治利用させたとすればその「戦犯」は批判し有名にした側だ。批判側から違反条文が請願法第3条ごときしか挙がらないということはマナー違反に過ぎない可能性が高いが、それで国会議員を辞職させられると思うのかねぇ。で、もしそんなに政治利用がイケナイのだったら、これまでその政治利用に罰則規定を何も作らず、今回のような事例に対応できない責任は誰がどう取るんだよ。
 「直訴が爆発的に増える」?
 天皇に政治的権限がないことくらい常識がある人は知っているから、これからもそう皆が皆直訴なんかしないと思うよ。
 後で「山本太郎が天皇に渡した手紙の全文」なる怪文書が出て来てさらに批判を浴び、山本太郎の事務所から「デマだ」と説明があったら今度は「デマだというなら全文公開しろ」。
 不敬を問題にするのであれば、天皇が平穏に受け取った信書についてデマを流したり、「(天皇の承諾なしに)全文公開しろ」と詰め寄る方が余程不敬だと思うがねぇ。

 みのもんたは息子が窃盗未遂容疑で逮捕されて批判されている。
 他の人なら△11は「息子は別の人格だろ」で済ますけど、息子は日本テレビにコネ入社し、親の七光りを背景に行動していたらしいんで、そういうわけにも行かないだろうな。それからみのもんたは「誰が何をやったかによらず、叩ける相手をよってたかって叩く」そういう風潮の一端を担っているかも知れないね。でも、もしそうだったとしても、そういう風潮で本人を扱って良いかどうかは別だし、そもそもみのもんたに問題があったのなら、本人が偉そうに「ご意見番」をしていた時に言ってあげるべきだったろう。「人間というものは、そんなに単純に切って捨てるような批判をできるような、完璧で強いものじゃないですよ」「息子さんが虎の威を借る何とやらになって皆が困っているのでどうにかしてもらえませんか」と。

 叩ける相手を感情的に叩いても、世の中は良くならない。悪くなる一方だ。

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2013年9月26日 (木)

ベテルギウスの超新星爆発近し、はデマ

 本当に生きている間に銀河系内での超新星爆発を見られるなら天文ファン冥利に尽きるし、30年以上前から楽しみにはしているし、明日起こっても別に不思議ではないのだが、この記事書いていることおかしいね。

地球を間もなく2つの太陽が照らす: The Voice of Russia
》間もなく千年に一度の天体ショーを目撃するチャンスが訪れる。ハ
》ワイのマウナケア天文台の内部情報によれば、赤い巨星ベテルギウ
》スがここ16年間球形を保てなくなっている。極と極とは急速に圧縮
》され、赤道は遠心力のためかろうじて維持されている。数週間ある
》いは数ヶ月以内に超新星爆発が起こる明白な兆候である。
》地球からは次のように見える。夜空の一角が突如輝きを増す。その
》明るさは最低でも満月と同等、もしかしたら太陽と同程度になる。
》その状態が6週間続く。つまり一ヶ月半の間、地球の一部区画に「白
》夜」が訪れるということだ。残りの区画でも「昼」が数時間延長す
》る。
》やや誇張した。爆発から2、3週間後、光は衰えはじめる。
》地球人が最後にかような天体ショーを目撃したのは1054年のこと。

 まず、「マウナケア天文台」なんてないやろ。マウナケアの条件が良いのでいくつも天文台が集まっているだけ。マウナケアにあるどこの天文台の話か分からない上に「内部情報」なんて検証しようがない。検証して欲しくないからそうしたのかも知れないが、、、

 「数週間あるいは数ヶ月以内に超新星爆発が起こる明白な兆候」が「球形を保てなくなっている」ことであるならば、その状態になってから「ここ16年間」経過しているのは矛盾だ。そうでないならば「数週間あるいは数ヶ月以内に超新星爆発が起こる明白な兆候」の内容は何も書いてない。

 残念ながらデマだねぇ、、、

 1054年ってのはその残骸が「かに星雲」として知られている超新星爆発で、距離は7200光年。最大光度は金星程度、2年間光っていて、うち23日間以上昼でも見えたという。ちなみに金星は明るさがかなり変わるけどー4等星とかそんな感じ。
 ベテルギウスは距離600光年とずっと近く、超新星爆発時に予想されている明るさはー11等と、人類の記録にある超新星爆発の中で一番明るくなる可能性が高い。しかしそれでも半月より少し明るくなる程度。
 「最低でも満月と同等、もしかしたら太陽と同程度」ってあぁたー26.7等星とも言われる太陽と同程度に明るくなるわけないじゃんよ(T_T)4949
 満月がー12.7等、太陽がー26.7等として明るさの差は約40万倍でっせ。「やや誇張した」で逃げてるつもりなのかねぇ。マッタク嘆かわしい。
 この分だと、爆発したのが結果として10万年後でも「数週間あるいは数ヶ月以内」って表現も「やや誇張した」だけなんだろうね(3ヶ月×40万=10万年)。

 いやしくも科学記事の形式を取ったのなら、欠片でも誇張するなや。

 「千年に一度の天体ショー」「地球人が最後にかような天体ショーを目撃したのは1054年」も嘘。肉眼で見えた超新星爆発の記録は185年、393年、1006年、1054年、1181年、1572年、1604年、1987年の計8件がある。 2000年間に8回とすれば「250年に一度の天体ショー」でしょ。
 1987年のは銀河系内ではなくお隣の大マゼラン星雲でだったので、最大2.9等と他との比較ではショボかったのだが、、、
 言うまでもなく、肉眼では見えなかったが望遠鏡では見えたものを含めれば、人類により観測された超新星爆発は結構な数になる。

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2013年8月24日 (土)

広島死体遺棄

広島死体遺棄 奪った金を7容疑者で山分け…後悔しても謝罪なし

》元同級生の少女(16)歳から金を奪い、殺害するなどしたとして、
》強盗殺人容疑などで広島市東区の無職少女ら男女7人が再逮捕され
》た事件で、7容疑者が、 元同級生から奪った現金を1人当たり約6
》千円ずつ“山分け”していたことが、広島県警呉署捜査本部の調べで
》わかった。16〜21歳の7人は、自分の将来を 心配する発言を
》しているが、いまだに被害者への謝罪の言葉はないという。
》7容疑者らの「LINE」のやりとりからは、社会に居場所を失っ
》たむなしさや、ささいな言い合いから仲が悪くなっていった様子が
》浮かぶ。
》広島市中区の少女(16)が借りていたマンションの一室には、ほ
》かの少年少女らがたびたび出入りしていた。中区の少女は事件前の
》6月下旬、ブログに「私ね、家族っていないんだって…」などと記
》していた。少女らは友達同士で“ファミリー”を自称していた。
》「お前らみたいなブスと話す暇ないけぇ」(殺害された元同級生)。
》「おまえにゆわれたあないわあや」(広島市東区の無職少女)−。顔
》の見えない、「LINE」でのいさかいは、やがて暴行、殺人事件
》に発展した。
》6月28日早朝の灰ケ峰。捜査関係者によると、車内で暴行を受けた
》元同級生はまだ歩ける状態だった。「このまま帰すわけにはいかな
》い」。全員が車を降り、殺害後に遺体を確認したとみられる。
》県警捜査本部によると、7人は取り調べに素直に応じているという。
》しかし口をついて出るのは、自分自身の今後への心配や後悔ばかり
》で、被害者への謝罪はまったくないという。

 インターネット上は「こういう更生の可能性のないのは少年法で甘やかすのでなく死刑で当然、もしそうならなかったら実名と顔写真を晒して生きて行けないようにしてやれ」という意見で満ちあふれている。

 現状では未だ「容疑者」なんだが、自分で「犯人」である旨確認したのか?
 普段お前らが口を極めて「税金泥棒」と批判している国家機関の発表そのままに普段お前らが口を極めて「マスゴミ」と批判している報道機関が「犯人」であると思えるような話を書いているだけじゃないのか?
 もし「犯人」じゃなかったらどうすんだ。

 「現実を見ろ、正論で片付く話ばかりじゃない」?
 だいたいそういうことを言う輩に限って現実を見ていない。見ようともしない。

 「刑が軽いから重大犯罪がなくならない」?
 そう叫ぶ輩が掃いて捨てるほどいるのに、誰も「刑を重くしたら、本当に重大犯罪は減るのか?」すら真剣に考えない。世界中探せば最近死刑を導入した国、最近死刑を廃止した国もあるんで、実際に死刑を廃止して重大犯罪は増えるのかはある程度検証可能だ。
 地球が平面ではなく丸かったように、太陽が地球の周りを回っているのではなく地球が太陽の周りを回っていたように、人間個人の直感と矛盾する「真実」はたくさんある。これからも出て来るだろう。
 仮に「刑罰を重くしたら重大犯罪は増える」が真実だった場合、「重大犯罪者は死刑にしろ!」と喚いていた連中は、刑罰を重くして新たに起きた重大犯罪の被害者に対してどう申し開きするつもりなのだろうか。無論最終的には神でない人間には本当はどうなのか分からない、、、しかし調べられるところまでは調べて考えられるところまでは考えるべきだ。

 「謝罪も反省もなく更生の余地がない」?
 軽々しくこんなことを口に出せるのは、本当の意味で人間というものと向き合って来ていない世間知らずだからである。
 重大犯罪発覚直後なんて普通はパニック。処断に怯えて責任転嫁を考える。この時点で自分の将来の心配をしたり友達のせいにしているのは、スレてない証拠と見ることもできる。そんなこと語ってもこうやって警察や世間の反感を買い不利になるだけだからね。バレてすぐ謝罪や反省を落ち着いて語れるとしたら、ズル賢く情状酌量を考えているだけかも知れない。

 「お前が家族を殺されたらお前は許すのか、遺族感情を考えろ」?
 刑事訴訟制度は、個人の復讐の道具ではない。日本では、復讐は許されておらず、もしするならば刑事訴訟制度に期待するのではなく違法承知でしなければならない。無論復讐をしないことは「犯人を許す」ことにはならない。
 また、軽々しく「遺族感情」などと口に出せるのは、本当の遺族感情を知らない野次馬だからだ。
 殺人からしばらく経過すると、遺族の中には、加害者の死刑を望む心に躊躇が出て来る人もいるそうだ。なぜって、加害者は愛する者を死に追いやった人間であるとともに、愛する者の最期を見届けた人間だから。無論許すとかではない、殺したい憎悪の感情はそのまま残るのだが、しかし加害者の存在は「愛する者が生きていた証」でもある。加害者が死刑になってしまったら、「あの人の最期はどうだったんですか」と聞ける相手がいなくなってしまう。人間の心理というものは、簡単に説明できるほど、簡単に割り切れるほど、単純じゃない。

 こういう事件報道は無知・無神経発見器ですな。皆が言っている感情論に勢いで同調し人を破滅に追いやる点で、犯人と共通。偉そうなこと書いてて、何も知らないし、知ろうとしない。何も考えないし、何も考えようとしない。

「生まれ生まれ生まれ生まれて生の始めに暗く、死に死に死に死んで死の終わりに冥し。」(弘法大師空海)

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少年犯罪は凶悪化、低年齢化していない

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2013年8月17日 (土)

原爆追悼式典「うんざりだ」?

原爆追悼式典「うんざりだ」

》広島と長崎に投下された原爆について、イスラエル政府の高官が、
》「日本による侵略行為の報いだ。独り善がりの追悼式典はうんざり
》だ」などとインターネット上に書き込んでいたことがわかり、現地
》の日本大使館が、イスラエル外務省に抗議しました。
》これは、イスラエル政府の高官で、近く首相府のインターネットを
》使った広報戦略の責任者に就任する予定だったダニエル・シーマン
》氏が、みずからのフェイスブックに書き込んでいたものです。
》この中でシーマン氏は、今月6日に広島で行われた原爆の犠牲者を
》追悼する平和記念式典について、「独り善がりの追悼式典にはうん
》ざりだ。広島と長崎での原爆投下は、日本が侵略行為の報いを受け
》ただけだ。日本が追悼すべきは帝国主義や大量虐殺で犠牲となった
》中国人や韓国人だ」と書いていました。
》この書き込みは、現在、削除されていますが、現地の日本大使館は、
》イスラエル外務省に抗議しました。
》一方、首相府は、NHKの取材に対し、「書き込みは政府の立場を
》代表するものではない」と釈明し、シーマン氏は停職処分になって
》います。
》シーマン氏は、過去に外国メディアを担当していた際に、イスラエ
》ルに批判的な記事を書いた記者を、事実上の国外追放にしたことも
》あり、物議を醸していました。

 頭悪過ぎ。
 この伝で行けばイエス・キリストを殺したユダヤ人がキリスト教徒に殺されるのは「自業自(以下略)。

 侵略戦争と関係なく広島に住んでいただけの女子供老人はどこが「自業自得」なのか。広島で抑留されていたアメリカの捕虜、広島で働いていた朝鮮人労働者はどこが「自業自得」なのか。日本の軍人でも、例えば、であるが南京大虐殺を命令されて拒否し上官から半殺しに遭わされて病院送りになり広島の陸軍病院に入院していた人がいたとしたら、その人のどこが「自業自得」なのか。

 民族のしたことと、個人のしたことは別の話である。国家のしたことと、個人のしたことは別の話である。個人のしたことと、他の個人のしたことは別の話である。だいたい、そういうのをごっちゃにしちゃうお馬鹿さんが日本にいたから居留民保護の名目で首都の南京まで占領したんじゃないか。通州事件があったから南京大虐殺の被害者は「自業自得」なのか。断じて違うぞ。

 中国の民衆も、日本の民衆も、本当の敵は誰なのかを見極めねばならない。本当の敵は、戦争をしたがっている人物だ。
 推理の基本として、犯人を探す場合、犯行により得をする人物から探し始める。戦争で言えば、戦争でしか手柄が上がらない軍人、軍隊に装備品を売って商売をしている死の商人、軍隊が確保した権益にぶら下がって仕事をする人たち、そして「景気が悪いなぁ、、、どこかここじゃないところでドンパチやってくんないかな、そしたらばちょっとは景気が良くなるのではないか」と思いたくなる自分の気持ちである。
 植民地支配で出遅れたドイツ、イタリア、日本が性急に植民地確保に走ったのが第二次世界大戦の原因になったが、その大元は、世界大恐慌以来景気が非常に悪くなったからである。軍人は、死の商人は、国民の提灯行列に後押しされて外へ出て行ったのだ。
 第二次世界大戦で破滅した日本が立ち直ったのは朝鮮戦争によってであった。しかし隣人のおびただしい流血の元で景気が良くなって嬉しいだろうか。ちょっとくらいの貧乏、皆で我慢した方が良くはないか。血の通った人間であれば、皆そう思うハズだ。

アウシュヴィッツ=ビルケナウ強制収容所のガス室、広島の原子爆弾投下、南京の大虐殺、、、全ての被害者を全人類で追悼すれば良いのである。

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2013年7月27日 (土)

日本国憲法は押しつけか?

 よく「日本国憲法は押しつけられたものだから、自主憲法を制定しよう」という議論がある。まぁ何となくもっともらしいので素直に納得する人も多いようだが、何となく変だと思わないだろうか。△11は変だと思う。

 そもそもこの文章の「押しつける」の目的語は何だろう。主語はアメリカ合衆国もしくは連合国軍最高司令官総司令部だろうが、目的語が不明瞭なんである。
 「目的語なら日本に決まっているじゃないか」というかも知れないが、しかし日本とは日本国政府のことか、日本国民のことか。

 日本国政府に関して言えば、無条件降伏の時受け入れたポツダム宣言の中に「日本の民主主義的傾向の復活強化」「基本的人権尊重」「平和政治」「国民の自由意思による政治形態の決定」という条項があるので、押しつけられたというのは無理がある。嫌なら降伏に条件をつければよかっただけの話だ。
 無論絶望的な戦力差の前に敗戦間近の中でポツダム宣言自体が「押しつけだった」ということは、一国民の感情として言うのは可能かも知れない。しかし今更日本政府なり政権与党の見解として主張するのは不可能だ。それはポツダム宣言受諾、戦艦ミズーリ艦上で行なわれた降伏文書調印、サンフランシスコ講和条約、日米安全保障条約、、、と連綿と続く戦後の日米関係、、、だけでなく戦後の世界との関係全ての根本を覆す暴挙である。「勝てば官軍の世界は本当の正義を示さない」というのであれば、宣戦布告などすべきではなかったというだけの話である。
 「ハル・ノートは実質的な宣戦布告だった」ってのも聞き飽きた。ハル・ノートは宣戦布告でもなければ最終通牒でもない。彼らは「朕茲ニ米國及英國ニ対シテ戰ヲ宣ス」という開戦の詔勅を無視している。開戦したのは、「勝てば官軍」の世界に解決を求めたのは、日本政府なのである。

 また現在改憲派が言う自主憲法が「日本国民によって作られた憲法」のことであってみれば「押しつけられた」のは日本国民でないと筋が通らないだろう。
 では日本国民は、アメリカ合衆国もしくは連合国軍最高司令官総司令部に日本国憲法を押しつけられたんだろうか。
 △11は全くそうは思わない。

 確かに成立の過程は理想的ではなかった。
 連合国軍最高司令官総司令部が原案を持って来る前に、日本政府から「日本の民主主義的傾向の復活強化」「基本的人権尊重」「平和政治」「国民の自由意思による政治形態の決定」という条項に合致する憲法案が出て来るべきであったし、日本国政府にその能力がないなら日本国民が日本国政府を覆して憲法案を出すべきであったが、まぁそこまで望める状況ではなかったろう。

 それでも押しつけなどと言えた状況ではない。
 日本国憲法は大日本帝国憲法第73条の憲法改正手続に従い、第90回帝国議会の審議を経て若干の修正を受け1946年05/16に賛成421票、反対8票の圧倒的多数で適法に成立した。
 また国民も、全員一致ではもちろんなかったであろうが、その大多数は諸手を挙げて支持した。
 いくら連合国軍最高司令官総司令部が原案を押しつけようとしても、過半数の国会議員が反対すれば、さらには過半数の国民が反対していれば、到底日本国憲法の制定は無理だっただろう。何しろ「平和政治」だけでなく「日本の民主主義的傾向の復活強化」「国民の自由意思による政治形態の決定」もお題目として掲げてしまっているのだから。
 敗戦に伴って、世界に冠たる存在だった陸海軍も、東南アジアに広がっていた海外領土も、今日食べるものも着るものも寝る場所も何もなくなった、しかしもう空襲を恐れず裸電球を点灯できるようになった焼け野原のバラックで、日本国憲法を読んで「これこそがこれから私と私たちの世界が依って立つべき新しい時代の理想の憲法だと思った」という人は本当に多い。
 その後も国民の支持は止まなかった。それは日米安全保障条約の1960年改定と1970年自動延長に対する、いわゆる安保闘争の激しさを見れば分かるのである。

 押しつけだ、と言うのであれば、日本国憲法原案を持って来たすぐ後の1950年に日本国憲法に全く矛盾する警察予備隊令を持って来たことを言うべきであろう。
 莫大な費用と人的犠牲を投入し世界に冠たる装備と規模を持つに至った帝国陸海軍が祖国防衛の役に立たなかったのを目前にし、戦禍に疲れ、平和憲法の条項に接して新しい時代の安全保障の姿を見た国民にとって、今更「自衛しないと外国に攻められる」などという「古臭い嘘」は聞きたくもなかったに違いない。

 だいたい、自主憲法論を持ち出す人間があるべき姿として挙げる新憲法案は大日本帝国憲法ほとんどそのままだったりするわけだが、「欽定憲法」という言葉が示す通り、大日本帝国憲法こそ当時の日本の支配層が日本国民に押しつけたものだった。明治天皇が内閣総理大臣黒田清隆に手渡したことで成立したものであって、国民は全然与り知らなかったのである。

 日本国憲法が押しつけだったという論理を貫くのであれば、それ以上にずっと、大日本帝国憲法や日米安全保障条約こそ押しつけである。

(日本国憲法を審議中の第90回帝国議会で日本共産党野坂参三から
「放棄するのは戦争一般でなく侵略戦争とするのが的確では?」という
趣旨の質問に答え)
》私ハ斯クノ如キコトヲ認ムルコトガ有害デアルト思フノデアリマス
》近年ノ戦争ハ多ク国家防衛権ノ名ニ於テ行ハレタルコトハ顕著ナル
》事実デアリマス、故ニ正当防衛権ヲ認ムルコトガ偶々戦争ヲ誘発ス
》ル所以デアルト思フノデアリマス
(当時内閣総理大臣だった吉田茂)

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2013年7月22日 (月)

ウナギはしばらく食うな

 土用の丑であるそうだ。

 しっかし数年前と比較すると価格が上がった。稚魚が獲れなくなったからだ。要は獲り過ぎなんである。根こそぎ獲ってしまったのだ。どうして獲り過ぎるのか。食べ過ぎだからである。

 ウナギに関してライフサイクル一周を人工飼育下で行なう、いわゆる完全養殖がやっと実現したという発表が農林水産省からあった。しかしこれは試験的に成功しただけで商業的に行なわれるようになるのはまだ先のことだろう。
 そもそも生態もよく分かっていない。
 完全養殖が商業ベースに乗るまでは、そこまで待たないとしても、せめて生態が分かって、継続して漁獲して良い量の見当がつくまでは、食べるのを控えるべきだ。
 濫獲による絶滅の危機が報道されるこの期に及んでどうして未だにウナギを食べようとするのか分からない。

 消費量が減れば養殖量が減る。養殖量が減れば稚魚を獲らなくなる。
 ウナギを食べるお金があるなら、養殖に向けて頑張っている人、生態を調べている人に研究費を出しなさいよ。

 誰もウナギを食べなくなったらウナギ屋さんが大変だ?
 冗談じゃない、ウナギが絶滅、もしくは漁獲が許されない程減少したらウナギ屋さんがどうやって商売して行けると言うのだ。
 だいたい△11のブログなぞがどれだけ頑張って少しばかり良識派が増えたところで、全然そんなことを考えず食べたいものを食べたいように食べる馬鹿者はいくらでも存在するのだから、誰も食べなくなる心配なんか不要である。

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2013年2月13日 (水)

ハイパーインフレーションは起こるか?

 数年前から、日本においてハイパーインフレーションの可能性が論じられるようになっている。例えばこれ。

円安こそが日本を救う唯一最強の手段 フジマキ・ジャパン社長 藤巻健史氏
:マネーブログ カリスマの直言 :コラム :マネー :日本経済新聞

》ここまで財政赤字がたまった以上、財政破綻は近いと私は思っている。財政
》破綻になれば、政府機能のシャットアウト回避のために、日本銀行が「国債
》引き受け」という禁じ手を取らねばならなくなるだろう。そこでハイパー・
》インフレが起こると思う

 これに対し、起こらない、という論者もいる。例えばこれ。

三橋貴明の三橋貴明オフィシャルブログ「新世紀のビッグブラザーへ blog」
Powered by Amebaの記事、ハイパーインフレを叫ぶ愚者たち 前編です。

》まずは定義します。ハイパーインフレーションとは、一体、何%のインフレ率

》なのでしょうか。



》フィリップ・ケーガンにより、「インフレ率が毎月50%を超えること」

》と定義されている。毎月のインフレ率50%が継続すると、一年後には物

》価が130倍に上昇することになる。」

》直接引受と「間接」引受とでは、経済的効果に変わりはありません。財政法

》第五条が気になるならば、市中銀行を経由すればそれで話は解決

 両方読んで、個人的に説得力を感じるのは前者である。


 まずハイパーインフレーションの定義であるが、三橋貴明の説明はあまり意味がないと思う。フィリップ・ケーガンが何と言ったか知らないが、「ハイパーインフレーションが起こる」と言っている人は、事実として日本人の生活や日本の経済が破綻するようなインフレーションを恐れているのであって、フィリップ・ケーガンの定義に形式上当てはまることを恐れているわけではない。

 例えば身近な製品の値段を全部10倍にしてみて、生活や経済が成り立つか考えてみよ。パン6枚切り1斤1000円、ガソリン1500円/リッター、灯油18000円/18リッターですぞ。給与はそこまで騰がらないし、騰がってもそのタイミングは物価上昇より遅れる。そしてこの物価上昇は生産資材調達にも同様にのしかかって来る。事実として日本の経済が破綻するのであれば、10倍のインフレーションが起きても問題である。

 それこそ定義にこだわるのであれば、「1ヶ月で60%のインフレーションが1ヶ月継続した」場合には物価は1.6倍になるだけだが、これを「ハイパーインフレーション」と呼べるのか。「1ヶ月で60%のインフレーションが3ヶ月継続した」場合には物価は4.096倍になるが、これを「ハイパーインフレーション」と呼べるのか。1年で10倍のインフレーションの方が、「ハイパーインフレーション」と呼べるかどうかはともかくとして、影響が大きいのではないか。ちなみに1年で10倍のインフレーションは「1ヶ月で約21.2%のインフレーションが起きて12ヶ月継続した」状態である。

 日本銀行の日本国債引受について。
 「日本銀行の日本国債直接引受は禁じ手である」と言っている人は、別に法律の理論構成を云々しているわけではない。財政節度なく政府が発行した国債を、日本銀行が引き受けざるを得ない状況を心配しているのである。

 「直接引受と間接引受とでは経済的効果に変わりはない」まさにその通りであって、直接引受でなく間接引受であっても、その金額によって、日本銀行とその発行する日本円への信認は失われる。だから「禁じ手」なのである。

 日本銀行が日本国債を引き受けるというのはどういうことか。少額であれば単なる市場介入であるが、規模が大きくなり、また引受なしでは日本国債がどうにかなってしまう状態であれば別問題だ。日本銀行は通貨発行権を持っており日本円を合法的に作り出せるので、何でもどれだけでも買うことができる。しかし「んじゃその日本銀行に日本国債を全部買って貰えば誰も負担せずに済むから万々歳じゃん」、、、というわけにはいかない。なぜなら無から有は生じないので、一見無から有が生じているように見えてもそれは錯覚なのである。日本銀行が日本円を作り出し日本国債を買う時、すでに発行されて世の中に存在する日本円の価値が下がっているのである。つまりインフレーションだ。

 そもそももし万が一本気で「無から有が生じる」すなわち「日本銀行に日本円を発行してもらい、日本国債を買って貰えば何の問題もない」というなら、最初から緊縮財政どころか徴税制度自体が必要なかったし、今後もないわけである。日本銀行に発行してもらった日本円で日本国債を買ってもらい、日本政府の全ての活動を賄えば良い、、、そんなわけはないでしょ。

 日本銀行が日本国債の直接引受はしないとしよう。しかしこのまま日本国債残高が増え続ければ、いつか市場は「日本政府は日本国債を完済できないのではないか」と思い始め、日本国債を売り始める。日本国債が暴落し金利が上昇すれば日本経済は破綻するんで、日本銀行としてはできるだけの手段を取る義務があるだろう。となれば、大規模に市場介入し間接引受せざるを得ない。しかし、その時には完全に買い支えるのは無理だ。何しろ市場が無価値と思っているものを、売りに出ただけ一国の中央銀行が買うというのだ、売り浴びせの絶好の機会であり、世界中から売り注文が出る。もし最後まで買い支える努力をすれば莫大な日本円が市場に出回りハイパーインフレーションだが、その前に日本銀行は日本国債の買い支えを諦めるかも知れない。そうなればハイパーインフレーションにはならないかも知れないが、日本国債は暴落し金利が上昇し、新たに発行する日本国債は市場で消化されず、日本政府は予算が組めなくなり、政府活動が停止あるいは大幅に制限される。となれば円安で、相当なインフレーションになる危険性がある。
 「ハイパーインフレーションが起こる」と言っている人の本意は「日本銀行が日本国債を大々的に引き受けるような事態になれば、日本の破滅である」と言うところにあると思うし、それは実際に起こると思う。

 こういう意見に対し「破滅した方が良いってことか、日本が破滅しない方法を考えろ」という人も結構いる。別に破滅せずに済む方法があれば△11はそうしたいし、「ハイパーインフレーションが起こる」と言っている人もそうだろう。だから「ハイパーインフレーションが起こる」と言っている人に反論するのであれば、「ハイパーインフレーションは起こらない」ことを示すのではなく「1000兆円の借金を、デフォルトにもせず、日本経済を破滅させるような激しいインフレーションにもせず完済できる」ことを示すべきなのではないかと思う。
 まぁアベノミクスはその試行である、ということなのだろう。

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2013年1月 8日 (火)

リチャード・ジノリ破産宣告

伊裁判所、陶磁器老舗のリチャードジノリに破産宣告=関係筋(外部リンク)

》[フィレンツェ 7日 ロイター] イタリアのフィレンツェ裁判所は
》7日、同国の老舗陶磁器メーカー、リチャードジノリ<RG9.MI>に破
》産宣告を行った。組合や同社の関係筋が同日、ロイターに対し明らかに
》した。経営困難に陥っていたリチャードジノリはこれまでに身売り先を
》探していたものの、この日の裁判所の決定によって、身売り計画は中止
》に追い込まれる可能性がある。同社は昨年11月、米食器メーカー大手
》レノックス率いるコンソーシアム(企業連合)からの買収案を受け入れ、
》協議を進めていることを明らかにしていた。リチャードジノリからコメ
》ントは得られていない。同社は1735年に創業。325人の従業員を
》抱える。

 う〜ん寂しい。1990年代前半以来買ってないから言う資格はないんだろうけど、、、

 イタリアンフルーツの権利がどうなるのか、ちょっと心配だ。

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2012年12月26日 (水)

原子力発電所の廃炉は再稼働のための生け贄

 原子力発電所の敷地内に活断層が発見されたり、その疑いが掛けられたりしている。まぁ、いくつかは再稼働が遅れるかも知れない。廃炉になるかも知れない。

 しかし、騙されてはいけない。

 次に出る話は「ここは危険だったから廃炉にした。ここは安全だから稼働しても問題ない」という論理が付属した再稼働だ。
 そんなのは破綻した屁理屈だ。安全な原子力発電所なんぞないのだ。稼働する施設は必ず事故を起こすのだ。だから、その発電所に存在する核燃料の全量が環境に放出される大事故を想定して、それについての避難や賠償のシステムを考え、それに国民と地域住民が同意し国際社会が容認しない限り全数を廃炉にすべきなのだ。
 それを想定しない限り後で「想定外だった」などという寝ぼけた話になる。

 そんなことはできっこない?
 そうでしょうそうでしょう。だからこそ「原子力発電所なんか稼働できないでしょ」と言っているわけだから。

 自動車や飛行機や船舶も事故を起こすけど安全性を向上しつつ使われているじゃないかって?
 そりゃそうでしょ。事故の危険を差し引いても、それ以上に便利だからね。
 例えば。ボーイング747は仕様にもよるが約500人乗りである。これを開発した段階で「一度に約500人が死亡するような航空事故」は想定されていなければならない。当然だ。ボーイング747には開発当時としては優れたフェイルセーフ機構が備えられたが、フェイルセーフで危険性は減らせても安全にはならない。やはり事故は起きる。すなわち人類は事故1件で約500人が死亡するような航空事故と引き換えにでもボーイング747を使う、という選択をしたのである。
 実際には、他にも選択肢はあった。「250人乗りの中型旅客機を倍数運行する」という選択肢。「125人乗りの小型旅客機を4倍数運行する」という選択肢。「チケットが例えば100倍の価格になってもいいから安全性に万全の配慮をする」という選択肢。「旅客機を運行しない」という選択肢、、、
 ただ旅客機を小型にすることで事故1件当たりの事故犠牲者の数は減らせるが、航空事故犠牲者の総数を減らせるかどうかはまた別問題だ。大きい旅客機に技術と資源を集中した方が危険性を減らせるかも知れないからだ。
 チケットを100倍の価格にして事故対策に万全の配慮をしたからといって事故はなくなるわけではない。減らせるだけだ。また実際には航空機業界自体が縮小しスケールメリットがなくなることでコストが食われてしまい、事故対策に回すどころではなくなるかも知れない。どちらにせよ「旅客機を運行しない」という選択肢とともに事実上不可能だろう。
 別に決議を採ったわけでなくても、人類はボーイング747の運行を決めた時点で、1回の事故で約500人が死ぬ事故を容認していたわけだし、そうでないなら単なる「安全神話」という名の思い込みに過ぎないのだ。
 個人的に「旅客機に乗らない」という選択をしている人もいることだろう。しかし現状旅客機は世界一安全な乗り物なので、「旅客機に乗らない」という選択をした人は、旅行をしないか、旅客機より危険な乗り物に乗る羽目に陥っているはずだ。

 原子力発電所も、事故処理と放射性廃棄物処理のコスト以上のメリットがあるなら稼働すればいいよね。金銭コストだけじゃないよ。生命、身体に対するコストも含めて、だよ。「狭い日本、国土を汚してどこに住む?」と思うけど。
 特に30〜50年冷却しながら保存し、その後数万年管理しなきゃならん放射性廃棄物処理をしなきゃならんことを差し引いて残る利点が何なのか聞きたいものだ。

 実際には、原子力発電を推進する人たちは知っている。将来原子力発電所が再び、いや福島第一発電所の事故よりもっと大規模な事故を起こすことも、その処理ができっこないことも。ただ自分が生きている間、いや自分が責任を追及され得る立場にいる間、それが起こらないことに賭けているだけである。

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