2014年3月15日 (土)

STAP細胞、重要なのは再現性で、他はどうでも良い

STAP細胞、作製手法公表へ…バカンティ教授
》理化学研究所の小保方晴子ユニットリーダー(30)ら
》が発表した新たな万能細胞「STAP細胞」の論文で不
》正が疑われている問題で、論文共著者の米 ハーバー
》ド大のチャールズ・バカンティ教授は14日、STAP細
》胞の詳細な作製手法を近くウェブサイトに公表する考
》えを明らかにした。世界の研究者に再現 実験を促し、
》STAP細胞の存在を証明したい考えだ。
》バカンティ教授はSTAP細胞論文について「比較的軽
》微な間違いや外部からの圧力によって無視するには
》あまりに重要な論文だ」と指摘、論文を撤回する意思
》がないことを改めて示した。

 それでいい。画像の入れ間違いだの変造だの流用だの、どうでも良い話だ。重要なのは再現性があるかどうか、すなわちSTAP細胞の作り方を書いた論文のやり方で誰か他の人がやってSTAP細胞が作れるかどうかだ。ただその一点、その一点のみが科学の根幹である。

 小保方晴子が2011年に早稲田大学に出した博士論文などどうでもいい。はっきり言って、いい加減なものを出しても通るのがあまりに自明であったのなら、わざわざちゃんとした論文を作るだけバカというものだ。
 その場合科学の観点からはそもそも早稲田大学の博士号取得それ自体が意味がない行為だったということになるが、まぁそこは世間の、科学に対する無理解から、事実として役に立ったり必要だったりする場合もあるだろうから、大人の事情で取るのは勝手だろう。

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2012年11月27日 (火)

9÷0=0じゃない

 mixiニュースで聞いた話だが、9÷0=0で教えている教師がいるらしい。

「9÷0=0」? ある小学校で出された問題に「ちょっと待て」

「学校としてそんなことは教えていない、教師が自分で問題集を作った時にミスしたのだろう」という意見もあったが、「実際にそのように教えてもらった」という人もいた。

 驚いたのは、そうやって教えてしまう教師がいること以上に、容認する日記が結構あることだ。例えばこれ。

》算数では正しいけど、数学では間違ってるでいいんじゃないでしょか?

 アホかお前。9÷0=0なら9=0を証明できるぞ。有名な話だろこれ。「数学では9=0じゃなくても算数だったら9=0でいい」のか。

 9÷10=0.9、9÷1=9、9÷0.1=90、9÷0.01=900、9÷0.001=9000、、、小さい数で割るほど答えは大きくなる。リンゴを分けるのに少ない人数で分ければ分け前は多くなる。その延長で0を0.0000000000...1の極限だと考えれば答えは∞になる。
 そんな微妙な差は無視して9÷0=∞でいい?
 んなわけには行かない。9÷ー10=ー0.9、9÷ー1=ー9、9÷ー0.1=ー90、9÷ー0.01=ー900、9÷ー0.001=ー9000、、、の延長で0をー0.0000000000...1の極限だと考えれば答えはー∞だ。
 そもそも0はあくまでも0であって0.0000000000...1の極限でもー0.0000000000...1の極限でもない。その間には「有」と「無」の差があるので0.3333333333...3の極限が1/3なのとは全く性質が別だ。結果0に∞を掛けてもー∞を掛けても9にはならん。ので、「解答なし」「0で割っちゃ駄目」という話になるわけである。

 少なくとも9÷0=0ではあり得ない。

 蛇足で書いておくけど、ゆとり教育の代表みたいに言われ馬鹿にされた「πを3として計算する」、あれは正しい。まさに「数学ではπは3じゃなくても算数だったらπを3としていい」種類の話だ。正確にしろってなら3.14であろうが3.14159であろうが3.14159265358979323846264338327950288であろうが所詮間違い、とまで言うのが問題なら所詮近似値に過ぎないし、後は有効数字何桁まで計算するかの差があるだけなんだから。

》実際には役に立たない物なんだし、個人の考え次第だろ?

 数学とか物理学とかでちょっと難しくなると「役に立たない」という批判が出るのはどういうもんかね。無知を晒しているだけですな。散々世話になっておいて役立たず扱いか。

 もし実世界で使わない物があったとしても、間違いは間違いでしかない。そこに妥協だの判断だのの余地はない。「個人の考え次第」なんぞで数学の正解は変更できない。数学で人間が学ばねばならないことの一つは「数学の解答は自然に決まるものであって、人間が決めるものではない」ということだ。

 例えば橋梁設計はコストが掛かろうが納期が迫ろうが格好が悪くなろうがちゃんと強度計算に従わなければ後で大事故が起きるのである。
 計算に従っていても事故は起きる。計算式の作り方が間違っていた時だ。自然法則は人間が発見する前からそこに厳然とあり、現在人間が知っている範囲だけで安全にできているとは限らない。

 福島の原発事故も事故の確率が5000年に1回だって。唖然。に書いたように「原発村の利権」とか「会社の組織論」とかを、確率論を始めとする数学に優先させたことによる必然の結論であった。

 「9÷0=0」、こんなことを教えて違和感を感じないなら、教える立場から今すぐ降りよ。

 もし教えてもらった人間がいるのであれば、今すぐ脳味噌の記憶を書き換えよ。そして、自分の勝手で変更できないものに対する敬意を学ばねばならない。

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2012年5月 5日 (土)

アポロ11号は月に行った

 なんで急にまたアポロ計画陰謀論がmixiの日記でやたら話題になっているのだ?と思ったら元記事があった。

》人気コミック「宇宙兄弟」の同名実写映画化作品が、明日5月5日から公開
》になります。

 宣伝かよ!

 んで、馬鹿馬鹿しさに輪をかけるのが捏造論を支持する日記の数々。

 コメントで科学的証拠を挙げて説得する人もいるが馬耳東風。まぁすでに世の中にゴロゴロ転がっている証拠を無視できる程に低い検証能力と強い思い込みから捏造論を支持しているわけだから、証拠を拾い上げて目の前に突きつけたからと言って捏造論から離れるわけないわな。
 電力会社が「原子力発電所は安全です!」と言い切るだけで信じちゃう人がたくさんいたのも無理はない。

 別に何を信じていようが勝手なんだけど、人に迷惑かけるなよ、、、ってその程度の脳味噌で勝手にやるんだから、福島第一原子力発電所事故の件を挙げるまでもなく、「迷惑かけない」なんて思っていたってかけられるんだろうな。

 この手の人間と同じ地球上に住んで、民主主義では建前上同じ重さの一票を持っているんだから難儀なことだ。

》アポロ11号で人類が月に降りたのなら、 何故その後一度も行ってないのか?

 行ってるって。アポロ12号、アポロ14号、アポロ15号、アポロ16号、アポロ17号。アポロ11号を合わせて全部で6回も行った。

 アポロ計画が終わって以後なぜ行ってないかって?
 お前よぉ〜NASAが打ち出の小槌を持っていると思っているのか。月に人類を行かせるのにどれだけ費用がかかると思っているんだ。
 当時は冷戦下で「アメリカ合衆国がソビエト連邦に対して科学的に優越している」ことを宣伝する必要があるという特殊事情によって行なわれたんで、無論科学的な業績も大きかったけどその莫大なコストに見あうものじゃなし、何回か行って宣伝効果が薄くなってしまえばコストばかりが目立ってきた。だからアポロ17号が最後になっているわけだよ。

 技術やノウハウってのは使われなくなった途端に失われ始める。だからキョウビ蒸気機関車や機械式時計の整備だってなかなか大変なのだ。戦艦大和の測距儀は製造した当のニコンが「あれは、いまもうちょっとできないね」(長岡正男の発言、小倉磐夫『国産カメラ開発物語』P5)と言っている。
 そのことから類推するに人類を月面に送り込む技術やノウハウだって、使われなかったこの30年で随分錆び付いたハズだ。

 30年前に月に行けたからと言って、今行けるわけではない。技術は進歩した部分もあるが、難儀になった側面もいっぱいある。軽々しく言うなや。

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2011年8月16日 (火)

「武士道」の幻想

 読んでいる方のほとんどは「おぃおぃそんなのでいまどき騙されている奴はいねぇよ」とおっしゃるかも知れないが、そうでもないのである。何の話かといえば「武士道」。

 「戦後日本人がその誇りを、武士道精神を喪失して幾久しい年月が流れた」とか書いている馬鹿者がいたりするのだ。

 おぃおぃ。「武士道」なんてものは敗戦で失うべくもなく最初から存在しないのだよ。

 武士道を語る上でよく言及される本が新渡戸稲造(1862-1933年)「武士道」である。この本が書かれた理由であるが、明治天皇崩御に伴う乃木希典の殉死についてコメントを求められた際に新渡戸稲造は「アレはただ西洋人に向かって(中略)武士道というこういう一種の道徳がありますぞという事を知らするために書いた本」と言っている。要するに「騎士道」を持つヨーロッパの人間に「日本人は劣等民族ではない」と宣伝するためであった。鹿鳴館があっても欧風舞踊の伝統が日本になかったのと同じである。
 その後の新渡戸稲造の発言には「愛国の反意語は狂信的愛国」「我が国を滅ぼすものは共産党と軍閥である」「武士を理想とする道徳は時代遅れだ」等武力頼みを時代遅れとし、平民の平和こそ重要だという趣旨のものが多い。
 軽い気持ちで「英語で書いたんだから日本人は誰も読まねぇよ」と出任せを発表したら日清戦争勝利による日本ブームでオオゴトになってしまい困ったのだろうなぁ。話題になって日本語訳を求められたが自身が英文学者であるにも関わらず放置、結局8年も経ってから他の人が翻訳したものの新渡戸稲造本人は生涯翻訳しなかった。

山本常朝(1659-1719年) 「葉隠」も「武士道といふは死ぬことと見つけたり」という一文で武士道を語る上で重要視される書籍であるが、しかしこれを採り上げる人ってこの一文しか知らないんだよね。
 「我人、生くる事が好きなり(△11訳:わたしゃ人間だから生きているのが好きだ)」はどうするんだろか。
 Wikipediaによれば「嫌な上司からの酒の誘いを丁寧に断る方法や、部下の失敗を上手くフォローする方法、人前であくびをしないようにする方法等、現代でいうビジネスマナーの指南書や礼儀作法のマニュアル本に近い記述が殆どである。また衆道(男色)の行い方を説明した記述等、近代人が勝手に想像している『武士道』とはかけ離れた内容もある」とか。
 だいたい1716年頃書かれた本に、なんで死地に向かう人間のお手本にできる内容があり得るものか。これ以前の武士対武士の組織的戦闘は1615年大阪夏の陣まで101年遡らなければならない太平の世。これをありがたがるのは、例えば「社会の厳しさ」を説教している小学5年生の話に感心している小学2年生のようなものである。
 あぁそうか、今の世で「武士道」などというものが流行するのも同じ理由なのだろう。第二次世界大戦が終わって66年、「ヘルメット一つで存在している自分の居場所に戦艦の40cm砲弾が降ってくる」「敵の戦闘機や駆逐艦が制空権を保持して護衛している敵空母に対し、ちゃんと動くかどうか分からない飛行機に乗り、爆弾を抱えて突入することを要求される」そんなことが想像もできないから「武士道といふは死ぬことと見つけたり」などと口にできるのだろう。

 武士道に関して有名な方から2つ書籍を挙げてこの状況なのである。つまり、新渡戸稲造以前に「武士道」という言葉は一般的に使われておらず、概念自体がないのである。

 それに、朝倉宗滴(1477-1555年)「武者は犬ともいへ、畜生ともいへ、勝つことが本にて候」とか、藤堂高虎(1556-1630年)「武士たるもの七度主君を変えねば武士とは言えぬ」はどうするつもりなんだろう。どっちも江戸時代に役人としてしか生きてなかった山本常朝なんぞと違いバリバリの戦国時代の戦国武将である。

 もし百歩譲って明治維新前には武士道が存在したとしても、その武士道の美しき?伝統は皮肉なことに他ならぬ大日本帝国陸軍によって破壊しつくされてしまった。
 農民かき集めて近代的軍隊作って武士政権を滅ぼした政府が国民に押しつける倫理が「武士道」かぃ。ご都合がいい話である。
 「武士道は拡散して日本人全体の倫理になった」ですか。冗談じゃない。武士の身分は世襲ですよ。墓の下の本物の武士の大多数は「百姓が生意気な、お前らのことじゃねぇよっ」と思っているでしょうな。

 こういうことを書くとすぐ「日本人じゃないだろ」「外国へ追放したいです」という馬鹿者が出てくるが、他民族と比較し日本人に「自分と違う者への許容力が低い」ことの表れである。日本人にも色々な考えを持っている人がいて、それで回る部分もある。違う考えを許さない組織は硬直化し、強くはなるが脆くなる。帝国陸軍の勝ち方と負け方にそれは如実に現れているのだ。

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2011年5月 1日 (日)

滅びの呪文は移住先で

インターネット上に結構存在する意見「地震も津波も天災なんだから、東京電力さんだって被害者じゃん、、、しかも一生懸命安全になるように考えてたけど津波が想定外だったってことでしょ。」「今回のような地震が起きれば福島以外だって同じような事故は起こりうるわけだから、原発を容認してその恩恵を受けている日本国民全員が加害者だよ。」

 滅びるまでやってなさい。ただし生き延びたいと思っている賢い人を巻き込まないよう、あんたたちが他の惑星に移住してから、そっちでやってな。

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2008年9月25日 (木)

予言を信じるお前ら、ハタ迷惑だ

<予言>「岡崎で大地震」うわさで町は大揺れ(外部サイト)

 何で人の言葉を信じる前に実績を見てみないのだ。単に「『テレビがその人の予言は当たってる』って言ってた」じゃなくて、いつどういう予言をしてどうなったか、ということを「当たった!」ことだけじゃなくそいつの全部の予言について読んでみたんか?
 外れたことを公開せず当たったことだけ「当たった!」ちゅうんなら誰でもできることくらい分からんのかね。そうやって何人もの自称「予言者」がもてはやされては消えて行った歴史は知らんのかね。

 根拠もなく信じる、こういう奴らが本当の災害の時に流言飛語を飛ばして被害を増大させるのだ。人災の加害者だな。

 とか書いているときっと「準備をしなくて良いというのか」「災害の準備をするのは良いことだ」とか思う馬鹿がいるので追記しておくと、1978年には科学的見地から東海地震が予測されており、それが起きれば当該地域は影響を受ける。今騒いでいるのは準備して来なかった証拠、ちゃんと準備をして来た人間が今後しなくてはならないことは浜岡原子力発電所を止めることだけだ。

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2008年8月28日 (木)

福祉住環境コーディネーター2級合格

 報告していたと思い込んでいて遅くなったが、合格していたのでお知らせ。得点は90点。

 合格発表は08/22とされていたが実際には08/20に封書が来た。周囲に聞いても08/20に来た人4割、08/21に来た人6割といった感じ。
 不合格は葉書で通知されるようだ。

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2008年7月13日 (日)

福祉住環境コーディネーター2級受験

 今日は福祉住環境コーディネーター2級の試験だった。

 会場は名城大学。合格ラインは70点。

 さっき速報で自己採点をしたら90点だったので合格は間違いないだろう。

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2008年3月19日 (水)

介護支援専門員実務研修修了

Scan0286  03/18、研修を修了、修了証を貰って来た。

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2008年1月23日 (水)

介護支援専門員研修スタート

 01/22は介護支援専門員の研修の初日であった。最近夜型になっていたので心配したが朝問題なく起床、授業中も居眠りしなかった。一日がかりで大変だが、4人目の講師の方の話はためになる上に面白くて良かった。

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