2017年12月 4日 (月)

まもなく北朝鮮難民が日本人に虐殺される事件が起こる

2017年09/23の麻生太郎副総理兼財務相の「武装難民かもしれない。警察で対応するか。自衛隊、防衛出動か。射殺ですか。真剣に考えなければならない」という発言が問題になった。

麻生太郎氏の「武装難民来たら射殺するのか」発言に左派団体や識者ら猛反発

武装難民って何だ。難民てぇのはなけなしの何もかも持って来ているから、当然武器を持っている者もいるだろう。海賊みたいなのに襲われたらせめて最後の抵抗をせねばならんからな。満州から引き揚げて来た日本人がピストル持っていたら携行して来たのと同じだ。

韓国人や中国人の生活保護受給もネトウヨの非難の格好の対象だ。もちろん不正受給はなくさねばならないが、しかし文明国ならどこでも外国人にまで生活保護受給させるらしいけどねぇ。

実際には昔から散々あるらしいが、最近木造船漂着のニュースが多い。「漁業やってて遭難したらしい」とか「脱北して来たのではないか」という扱いなら良いが、最近「家電がなくなった」とかいう記事が出て来た。
多数の人間の中にはもちろん不逞の輩もいるだろう。日本人の中にもゴミをポイ捨てする奴もいるわな。難民の中には盗みを働く奴もいる。そんなものだ。もちろん盗みを働く奴はケシカランが、ケシカランのは北朝鮮の人間だからじゃない、盗みを働くからだ。

しかし現在事実を無視して「難民は法律やルールやマナーを守らず日本をめちゃくちゃにする」という雰囲気が蔓延させられている。このような雰囲気の中で、例えば偶発的な衝突がエスカレートして難民虐殺に至る可能性は極めて高い。
例えばニイハウ島事件なんかもそういう構造で起きてるわけだ。

「あらゆる選択肢を検討しておく、そのことの何が悪い」?
難民を射殺するなんてぇのを選択肢として考えつくなんて、人間の心を持っている限りあり得ない。「日本陸軍は南京で虐殺してない」なんてよくも言えたものだ。
多分50年後に日本人たちはこう言っているだろう。「日本人が201X年X月に北朝鮮人難民を虐殺しただぁ。証拠を出せよ」「あの時北朝鮮から来た奴らが武器を持っていて日本人を殺そうとしたからだろ」

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2015年6月16日 (火)

登山における寝袋のカバーとシーツ、2015年06月版

 実はこの分野で特別「ぜひとも買った方がいい」という製品はない。

・スリーピングバッグカバー

 あった方がいいが、ないならないでやって行ける。
 なぜ「ないならないでやって行ける」と思うか、と言うと、濡らしてしまうのは就寝時だろうし、1泊なら濡らしても次の日は背負って来るだけだからだ。濡らしてキツいのは連続しての2泊目以降であり、そんなこと初心者の頃からするとは思えないからだ。

 結論から言えばこの分野はほぼ一択。ブリーズドライテック U.L.スリーピングバッグカバーワイド、品番#1121028である。¥12231+税。190g。ブリーズドライテックの2レイヤー。

 

 色々類似製品はあるように見えるが、実は「何を人に勧めるか」という観点で見ると意外に選択肢はない。

 △11のお勧め通り寝袋にダウンハガー800を選択していれば、これは寝袋自体にポルカテックス処理がしてあるので、わざわざカバーを買うのに防水透湿は絶対であり、ポルカテックスのカバーは論外である。
 んで、論じるのはゴアテックス製かブリーズドライテック製か。透湿性ではほぼ同等。防水性はゴアテックス製の方が高いが、実際に濡れないのであればそれで充分なので、ゴアテックスの必要はない。何よりゴアテックス製は高価だ。¥18300+税。

 ノーマルかワイドか。これは寝袋本体による。本体がストレッチで伸びるならワイドにしておかないとその機能を殺してしまうことになりもったいない。逆に本体にストレッチ性がないならワイドにする意味はない。
 寝袋は、ただでさえ山道具の分野ではコストパフォーマンスに優れる傾向があるモンベルが一番得意とする部門の一つである。ストレッチはその売り文句の一つでありほとんどの製品に多かれ少なかれストレッチ性がある。個人的にモンベルの寝袋を選択しているのでカバーはワイドになるわけである。

 ノーマルかロングか。これは身長により選択する。モンベルは寝袋も含め178cmまでノーマルで対応することになっているが、少し余裕を見て175cmくらいからロングにした方がいいだろう。すなわちブリーズドライテック U.L.スリーピングバッグカバーワイド&ロング、品番1121029。¥15642+税。235g。


 2レイヤーか3レイヤーか。要するに単独で薄い夏用寝袋として使えるか、ということだ。裏地がない2レイヤーだと肌に直接接触させられない。「そりゃ3レイヤーの方が便利でしょ」と思うかも知れないが、重さが全然違うのだ。3レイヤーは2レイヤーのほぼ倍、400g程になる。それならカバーはカバーに徹させた方が良いと思う。

・シーツ

 基本的には不要である。必要性があるとすれば「寝袋に直接触れないようにして汚さないことで洗濯の頻度を減らし長持ちさせたい」「小屋泊まり、布団干しもままならない状況で皆が寝る布団で直接寝たくない」くらいだろうか。前者に関しては相当なヘビーユーザーであろうし、後者に関しては潔癖性だ。個人的には「そもそも山小屋の布団で平気で寝られない潔癖性の人間が登山なんぞ趣味にしない方が幸福なんじゃないかな」とは思う。
 買う時に注意すべきは、モンベルのコットン製は大きくて重く、山道具としてはかなり厳しい。590g。

 一応新型のキャンプシーツをお勧めしておく。¥1900+税、220g。


 ただし材質がポリエステルタフタ、すなわちスタッフバッグと同じで、あからさまに合成繊維であり、それに違和感を感じる人もいるかも知れない。

 「高価になっても良いから肌触りの良いものが欲しい」という人には絹製。例えばイスカのシルクシーツレクタ。¥7344→6725円、130g。


 モンベルのシルクシーツだと¥10477+税で、他メーカーでも大差ない。

関連記事:
登山における寝袋、2015年10月版

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2014年11月11日 (火)

小型テント生活のノウハウ、2014年11月版

 毎度ゴアライズ1を使っていると、物の置き場所がだいたい決まって来る。それを理由付きでまとめてみた。

 まず幕営に共通の話でゴアライズ1に限られない話から。
 幕営の際にはできるだけ水平な場所を選ぶが、完全に水平な場所などめったになく、実際には僅かながらでも斜面になっているわけで、その場合枕の側を高く、寝床の側を高くした方が快適であることが多い。
 枕側を高くするのは説明不要だろう。
 寝床側を高くするのは、結露で濡れた壁にもたれるより荷物にもたれた方が良いからだ。
 出入り口を風下に向ける、というのはよく言われることだが、朝までに風向きが変わっていることもあってなかなかうまく行くものでもない。まぁ強風でなければ問題はないし、下界では傾斜による都合を優先できる。
 風が強い場合ペグ打ちなどの固定は風上から、固定を外すのは風下からだ。

 ゴアライズ1(100×205cm)は現行ではないが、寸法が全く同じXライズ1、エアライズ1、さらにはほぼ全く同じモンベルのステラリッジテント1型(100×200cm)などは同様に考えられる。

Tent_5    左の画像で、上が出入り口である。三角形がフライシートによる前室。
 防水の靴であればつま先はフライシートから出ていても構わない、、、というよりスペースを確保するため積極的につま先を出して置く。フライシートは右側が固定なので出入り口になるのは左半分であり、そちらに火器を置く。

 テントの内部、左半分は荷物置き場。
 テントや寝袋の、中身を出したスタッフバッグは、小さく薄っぺらい。もし紛失すれば狭くてゴタゴタせざるを得ないテントの中で探すのは大変、間違いなく確保しておく必要がある。設営時風に飛ばされないよう気をつけながらテント関係(テント本体、フライシート、テントポール、グラウンドシート等)とスリーピングバッグ関係(スリーピングバッグ本体、スリーピングバッグカバー、スリーピングマット等)の2つにまとめ、最終的に出入り口すぐの隙間に置く。撤収の際にはテントの外から取るので入り口から近い方が良いし、この場所は天井が低いので他の物は置きにくくどうせ死んでいるスペースだ。テント関係とスリーピングバッグ関係を分けるのは、撤収の際同時に片付けるとは限らず、まずスリーピングバッグを先に片付けることも多いからだ。
 飲料水を入り口に近い場所に置いている理由は「天気が良ければ外からも使うので、外から取れるように」「こぼした時に被害を少なくするため」である。
 眼鏡、時計、携帯電話等細かいものはテントのポケットにまとめておく。ヘッドライトはすぐに使えるよう首に掛けて寝るが、予備のペンライトもポケットに入れる。これらも荷物の一部なので、ポケットのある側を荷物置き場にするわけである。

 テントの内部、右半分は寝床。
 上記画像でマットは50×130cmを想定している。
 枕、ツーリングの時はウェストバッグである。長時間歩く登山にウェストバッグは歩行の邪魔になり不適なので、登山の時はスタッフバッグに服を詰めて枕とする。
 頭を入り口に近い方にすることが多いが、これは「夜中の水分補給に便利なように」と「枕にするウェストバッグに鍵がついていて、鍵束の中に入っているアクセサリーカラビナで入り口ファスナーのジッパータグをまとめてロックし、戸締まりをするから」という理由。
 この配置で行けば換気口は寝床の真上になり操作しやすいので、換気口のある側を寝床にするわけである。

 無論これは一例であり、状況が違えば変わって来るわけで、柔軟に考えねばならない。
 例えば雨の日、前室のファスナーは開けない。建前上テントの中では火器使用禁止だが、低くなっているフライシートのすぐ下で使うのも怖い。よって自己責任で火器を室内で使うのだが、その場合何か事故があった時にすぐ放り出せるよう水と一緒に一番出入り口のすぐそばに置くことになる。
 例えば寒い日は寒気がテント布からしみ込んで来る感じで寒くなるので、マットをもう少し内側に置き、壁側に何か物を置いて自分の身体を壁から離すようにする。

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登山における一人用テント、2014年03月版
ツーリングにおける二人用テント、2014年03月版

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2014年6月17日 (火)

登山におけるザックカバーとスタッフバッグ、2014年06月版

 その外観からすると意外かも知れないが、バックパックは、防水ではない。ウチにテント用の防水液、パラウェットがあるのだが、それで防水できるのだろうか。できない理由が考えつかないが、できるとすればなぜメーカーはバックパック本体を防水にしないのか、不思議なところである。

 とにかく現状売っているバックパックは防水性がないので、荷物を濡らさないために対策を講じる必要がある。

・ザックカバー

 バックパックにカバーを取り付ける方法。小さく畳んで荷物のどこかに入れておき、雨になったら拡げて装着する。背中に接する側はがら空きなので後述スタッフバッグ方式との比較なら防水性は落ちるが、無論普通に歩く分には充分である。

 最近はバックパック本体に付属する製品もあるので、買う前に要確認。バックパックのてっぺんか底に小さいファスナーがあれば開けてみると、場合によっては本体とバックルで繋がったザックカバーが出て来る。この方法の利点は紛失や忘れ物の可能性が少ないこと、欠点は後述スタッフバッグによる防水を選択しそれだけで充分と判断するなら無駄になってしまうことだ。

 買う場合に問題になるのがサイズで、伸縮しある程度の大小に対応するものを選ぶと良いが、無論限界はあるので現物合わせをお勧めする。メートル法の表示であるのにも関わらずメーカーによって結構違うと言われているので、容量のリットル数だけで決めるのは危険。マットやポールを外に取り付けたりもするので、迷ったら大きめ

 取り付ける際に上下を間違えないように。メーカーロゴを正立させれば正しい向きになると思う。後は大雨が続くとザックカバー底が池になりかねないため、たいがい底に水抜き穴が空いているので、それで確認できる。

・スタッフバッグ

 荷物を分けて入れる小袋に、防水性のあるものを選択する方法。

 どうせ小分けはした方が便利だし、ザックから出した時も荷物を濡らす可能性が低くなるので、どちらかと言えばこちらがお勧めかも知れない。無論両方の手段を併用することで防水性を高くすることもできる。

 防水という意味では例えば市町村で指定しているビニールのゴミ袋でも良いわけだが、破れるし、ガサガサうるさいので山小屋やテントでは周囲に迷惑になる。無論製品のスタッフバッグもある程度ゴソゴソ言うが、ビニール袋と比較すれば音が低い。

 例えばモンベルのアクアペル等、口を折り返しバックルで留めることで高い防水性を持つものもあり、例えば火器など水を嫌うモノを入れる分だけ選択する手もあるが、一般的には沢登りのような特殊な登山でない限り不要、生地が防水で口を絞るタイプで充分だ。生地、ゴアテックスを使う製品もあるが、透湿性が必要ないので、比較して高価であれば避けて通る。

 種々の色と容量がある。適当に買うのではなく、まず内容物と色の印象を合わせることをお勧めする。理由は燃料ボトルは赤、飲料ボトルは青で!まで。次に内容物により容量を決める。
 具体的に△11が考えた例としてはモンベル スタッフバッグ(△11のバックパック)を。ただし△11が揃えたハイドロプロスタッフバッグは旧型であって揃わない。新型のライトスタッフバッグもあるが中間色なので個人的にはあまり好きではない。原色系で自由に容量と色を選べるバイレスをお勧めする。以下左上からS(W19×H33cm)、M(W30×H43cm)、L(W37×H53cm)、3リットル(W14×H24cm)、6リットル(W17×H33cm)、10リットル(W18×H44cm)、15リットル(W19×H53cm)。もっと大きいのもあるが、ザックの中身を分類する用途ならここまでで充分だろう。

 余談になるがモンベルのプロテクションアクアペルについて。2014年秋現在、プロテクションアクアペルはアウトレットに移行した旧型より新型の方が安価なので注意が必要である。

 例えば2リットルでいうと新型は品番1123841で¥1450+8%、旧型は品番1123467で¥2134+8%。旧型は生地が分厚くて丈夫そうだが新型でも頼りない感じはないし、重量の観点から言っても新型の方が良さそうだ。どうしても旧型が欲しい人以外は新型をお勧めする。

・ザックカバー+スタッフバッグ

 個人的にはこれを選択した。現場で起きることはとかく机上のお話では終わらないところがあって、多重防護の方が安心なのだ。

関連記事:
登山における用具全般、2016年05月版
登山における大型バックパック、2016年06月版

登山における中型バックパック、2016年06月版

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2013年10月29日 (火)

車内泊のノウハウ、2013年10月版

 以前はダイハツ アトレーLXターボが愛車だったので、旅行と言えばほとんど車内泊で行っていた。もう廃車にして8年近くになり随分忘れてしまったと思うが、記憶が全く消え去る前にノウハウをまとめて書いておきたいと思う。まぁバイクで幕営の場合もかなり共通である。

 まず駐車場所が問題になる。たいていは駐車場を選択することになる。夜間チェーンなどで封鎖される駐車場は論外。
 一番欲しい施設は言うまでもなくトイレだ。ただ深夜施錠されるトイレもあり、あっても当てにできるかどうかは要確認である。
 無難で便利なのは道の駅で、日本中どこにでも結構な頻度で存在し、24時間駐車場、トイレ、電話が使える。ただ幹線道路沿いにある場合が多く、うるさいのが気になる人は接している道路の夜間交通量を考えて選んだ方が良いだろう。

 駐車場所が決まったら、その敷地内でどこに止めるかが問題となる。条件はいくつもあるので順次説明して行く。

・できるだけ水平な場所
 普通の人は普段水平な場所で寝ているだろうから、あまりに斜面だと寝苦しい。
 斜面になることが避けられないなら、頭にしたい方を高くして駐車する。すなわち駐車の段階で、自動車の中でどっちを頭にして寝るかも考えていなければならない。

・トイレに近く、しかし近すぎない
 最初は「トイレにすぐ行けるように」と考えてトイレのすぐ隣に止めがちであるが、経験を積むと少し離した方が良いことが分かる。臭気や、深夜トイレ利用者の物音が気になる場合もあるからだ。また朝食の段階になってトイレのすぐ隣は気分的に嫌なものだ。車数台分なんて離れたところで実際にはトイレに行くのに何の支障もない。

・本線から距離がある
 深夜に交通量が多い路線限定の話であるが、例えば長距離トラックがバンバン走っているすぐ隣に決めると、うるさいことがある。
 まぁ△11は街道沿いの家で育ったせいか、少しばかり交通量が多くても平気で寝てしまうのであまり気にしなくても大丈夫なのだが、静かであるに越したことはないわけだし、場所を決める際には一応考えには入れていた。

・街路灯との関係が適切
 夜間に何かモノを探す時、車内に街路灯の光が入っていればわざわざ懐中電灯を手探りで点灯させる手間が省ける。これも最初は街路灯真下に駐車してしまったものだが、街路灯真下だと天井に遮られて車内は暗くなってしまうので、車内を照明してもらうには斜め下の場所が良い。またあまり近いと街路灯に呼ばれた虫が多くなったりもするので、距離もある程度考えに入れなければならない。
 また駐車時に点灯していた街路灯が朝までずっと点灯している保証はないので、どのような位置関係を選択したとしても、懐中電灯はいつでも手探りで点灯させられるよう準備してから寝ること。
 暗くなければ眠れない性質の人は、逆に街路灯の光が車内に入らないように考えて位置を決める必要があるだろう。

・朝不愉快でない
 寝る時はなかなか朝の話まで考えが及ばないものだ。しかし朝になって不愉快だったり、わざわざ移動させるのは大変なので、朝のことまで考えて場所を決めた方が良い。
 朝食とトイレの話ですでに少し書いたが、他にも例えば夏に日差しが照りつけない場所にするとか、朝食にスライドドアを開いてご飯を炊くなら晒し者にならない場所にするとか、色々あって、想像力の勝負である。
 まぁ△11個人としては、通学の小学生が不思議そうな顔で列をなして歩いて行く前でご飯を炊いていたこともあって、あまり気にしてもいないのだが、、、

 基本的に普通の旅行と持ち物は変わらないが、まぁ、あったら良いものはある。寝る時は、ちゃんと服を着たままでは足が疲れるのでパジャマなりジャージに換えたい。道の駅ならそんなことはないだろうが、トイレによっては切れてしまっている場所もあるのでロールペーパーは必須。トイレに行く時にいちいち靴を履くのは面倒なのでツッカケ等があると便利だ。

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2013年7月 7日 (日)

特別攻撃隊

 曰く「狂気の沙汰」、曰く「戦後の繁栄の礎」。
 曰く「戦力の無駄遣い」「アメリカの戦争継続をほとんど不可能なところまで一時は追いつめた」。
 曰く「強制もあった」「志願制であり、実際の実質も全部志願」。
 これまでに散々色々な評論を読み、聞いて来た。

 それなりに考えはまとまっていたが、やはり何か書くならあの場所に行った上でなければ無責任になるとも考えていた。その場所とは、知覧特攻平和会館、鹿屋航空基地史料館、万世特攻平和祈念館である。

 遺影と遺品に埋め尽くされているフロアーに身を置いてみて、それまでの考えはやはり大筋では変わらなかった。

 一つは、特攻を考え指導した軍の首脳と、隊員で分けて考えねばならないということだ。一番端的なのは天皇の

》そのようにまでせねばならなかったのか。しかし、よくやった
(安延多計夫『あゝ神風特攻隊 むくわれざる青春への鎮魂』P32)

 という言葉で、よくその複雑さを表しているように思う。これを言われた大西瀧治郎は叱られたと感じたと言うが、実際隊員については賞賛したと同時に、軍の首脳に関しては叱ったのだと思う。

 そして少なくとも隊員たちについては「狂気の沙汰じゃなかった」ということだ。何を守ろうとして飛び立ったのかは人それぞれかも知れないが、自分の守りたいものを守るためにはどうすれば良いのか静かに考え、軍の上司が特攻が必要だと結論した以上それに殉じようと考えた人たちがたくさんいたということだ。発進から数時間もあるのに、冷静でなくて突入できるものか。

 もう一つは、それでもやはり「戦後の繁栄の礎ではない」ということだ。真面目で誠実だった彼らが生き残って戦後の復興に力を尽くしたなら、さらに復興は早く進んだに違いない。戦争は負けると分かった時点で無条件降伏であれ敗戦という形で終結させるしかなかったものを、この国の当時のリーダーが手間取ったがためにそういう形に追い込まれたのだ。その死を「無駄だった」と考えたくないのが遺族感情だろうが、やはり無駄になったと考えるしかないし、そう考えないのは危険な美化である。
 無駄でなかった、有益な死だった、と本心から言い張るのであれば、その成果と引き換えに生きて帰る可能性がある時にそれを望まないはずである。しかし生きて帰らせることができたとしたら、それを望まなかった遺族はないだろう。

 強制/志願については、こう考える。
 企業に「サービス残業」なるものが横行し、天皇の死後や大震災後に遊びを「自粛しろ」と言われるこの国で、一体「志願制」というタテマエを無邪気に信じる者がいるとしたら、それはかなり世間知らずなのではないか。
 確かに心底志願した人たちも多数いただろう。それまでに「鬼畜米英」と教えられ、実際にアメリカ軍には無差別絨毯爆撃など幾多の国際法違反があった。そのアメリカ軍が圧倒的な戦力で日々刻々攻め上げて来る。戦友が「先に行く」と我先に飛び立って行く。未熟な自分たちに他の方法はなさそうだ。その状況で特攻に志願するのは自然なことだったのだろう。しかし彼ら全員がそのように思ったとは限らない。
 実際知覧で流されていたビデオで、富屋食堂の女主人で特攻隊員の世話をして「おばさん」「おかあさん」と慕われた鳥濱トメさんが宮川三郎軍曹との会話を語っているが、その中に宮川三郎軍曹が「僕は帰って来る」と言ったので鳥濱トメさんは「そんなことを言ったら憲兵に捕まってしまうよ」と心配した、という場面が出て来る。当時の雰囲気では到底そんなことは言えない雰囲気だったということだ。実際にはこの話は「特攻で戦死して蛍になって帰って来る」という意味なのだが、完全な志願であるというのであれば、出撃までに「やっぱりさすがに絶対に死ぬことが決まっている形で行くのはなぁ、、、」というのも、好ましくはないまでも、最終的には許容されて然るべきではないのだろうか。
 また純粋に志願した人たちも、何らかの形でその後の状況を見たらどう思っただろうか。機材故障で帰還し再度の出撃を懇願した隊員の中には上官に罵倒された者もあったという。日本は無条件降伏し、「鬼畜」であったはずのアメリカ兵はチョコレートやキャンディーを子どもたちに配りながら進駐し、各地で歓迎された。若い女性の一部はアメリカ兵の売春婦になって生き存えた。「我も後に続く」と言って特攻を命令した軍のトップは、自刃した大西瀧治郎(敗戦当時軍令部次長、海軍中将)、突入した宇垣纏(敗戦当時第五航空艦隊司令長官、海軍中将)など少数の例外を除き、そのほとんどが天寿を全うした。ある者はアメリカのご都合により進められた再軍備組織自衛隊の幹部として、またある者は無条件降伏した経緯から終始アメリカの意向を酌まざるを得なかった日本政府の政治家として、である。

 戦果についての評価は、今でもどう考えれば良いのか分からない。
 精神的には、大きいのかも知れない。アメリカ軍人は、生きているパイロットが乗ったままの飛行機が躊躇なく突っ込んで来る恐怖について語っている。今でもアメリカがアジアの国への経済制裁を躊躇するのは、この件とベトナム戦争があるという。「アジア人を怒らせるととんでもなく恐ろしいことをするんだ」という恐怖を植え付けたということだ。
 実質的には、その戦果はその損害に対してあまりにも少ない。特に後になるに従いアメリカ側は戦闘機とレーダーと対空砲火で特攻対策をしたのに対し、日本側は新鋭機がなくなりパイロットの練度は低くなり、、、ほとんど戦果は挙がらなくなって行く。これに関しては特攻を主体とする幹部に対して、芙蓉部隊を率い夜間戦闘を行なって成果を上げていた美濃部正海軍少佐が階級差も省みず言った言葉が端的であろう。

》現場の兵士は誰も死を恐れていません。ただ、指揮官には死に場所
》に相応しい戦果を与える義務があります。練習機で特攻しても十重
》二十重と待ち受けるグラマンに撃墜され、戦果をあげることが出来
》ないのは明白です。白菊や練習機による特攻を推進なさるなら、こ
》こにいらっしゃる方々が、それに乗って攻撃してみるといいでしょ
》う。私が零戦一機で全部、撃ち落として見せます。

 本来航空機の操縦は難度が高く、まず飛んで降りるだけでも大変である。そもそも通常攻撃をするだけの兵力養成が間に合わないから特別攻撃という話になったのに、兵力を使い捨てするこの作戦には矛盾がある。

 ただし個人的に美濃部正の主張に全面的な賛同をしているわけではない。
 
美濃部正は一概に特攻を否定しているわけではなく、この時点で「特攻しかないなら仕方がないが、特攻より戦果を挙げられる方法がある」という主張である。
 △11の主張は「特攻なんかを考慮せざるを得ない状況なら無条件降伏しなければならない」であり、本質的にはかなり違う、、、というよりそもそも立ち位置が違うのだ。

 結局そもそも大西瀧治郎自ら「特攻は統率の外道である」と言っていた特攻について成果を評論する意味はあるのだろうか、というのが△11の考えだ。

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2013年6月 9日 (日)

登山規制の是非

 ニュースで山岳遭難が話題になるたびに、インターネット上で「登山なんか禁止してしまえばいい」という話を読むのだが、一体彼らは自分がどれだけ危険な主張をしているのか理解しているのだろうか、、、理解してないから主張しているんだろうな。

 彼らの主張はこうである。「登山は危険である上に、救援者の二次遭難の危険もあるので迷惑だ。危険なことを禁止するのに何の問題もない」。

 登山は危険?
 全く危険のない状態などあるのだろうか。
 ドライブもツーリングもサイクリングもランニングも水泳も散歩もできんぞ。いや家の中で寝ていたって、飛行機が落ちて来る危険はある。地震が起きて建物が倒壊する危険はある。
 本当に死の危険をなくすには、死ぬしかない。いや冗談じゃなくて。

 登山は生活に必要ないし、普通の趣味とは危険の程度が違う?
 法律ってのは、扱いを変えるなら、誰でも見てすぐに分かる線で分ける必要がある。そうでないと恣意的な扱いを許すことになってしまうからだ。
 △11の知る限り、国内で冬山でない一般ルートで行なう登山ってのは、言うほど危険ではない。無謀登山が危険なのは言うまでもないが、無謀運転が危険なのと同じで、それを以て普通の自動車運転や登山が危険である証左には使えない。
 そもそも「趣味の登山は禁止しろ」って言っている人は、「趣味」「山」をどこからだと思っているんだろう。標高198mの裏山に犬連れて散歩に行くのは登山じゃないのか。
 イメージや標高と、実際の危険も全く比例しない。夏に上高地から3190mの奥穂高岳に登るとか、そういうメジャーなコースなら、登山口から山頂まで人が列をなしているので、「道を間違えて迷い込んじゃった」「脚を怪我をして動けなくなって誰にも気づいてもらえない」、そういう危険があり得ない。遅くなって目的地にたどり着かなくても、最寄りの山小屋に逃げ込んで朝まで布団で寝てれば良い。安全なのである。静岡市の裏山で1051mの竜爪山に登った時は、歩く時間こそ奥穂高岳より短いものの、登山口から登り始め登山口に下山するまでの間誰にも会わなかった。同じ場所で同じ時期でも濃霧が出れば危険度は一変するし、それには15分もあれば充分。
 線引きなんかできないんである。
 あるトップカーレーサーの、こんな趣旨の発言を読んだことがある。「僕はサーキット以外では飛ばしません。エスケープゾーンもないですし、救急車も常駐していませんし、一方通行じゃないですし、走っている方の技量も色々で、危険ですから」

 二次遭難の危険に関しては、例えば「天候の回復を待ってですね、、、」と説明している山岳警備隊の警官に対し「見殺しにするのか、救助に出ろよ、それが仕事だろ税金泥棒」とかいうモンスターに対してノーを言える社会があれば充分である。
 無論助けに行けるのに怠惰で行かないのは批判されるべきだが、救助は二次災害を起こさない範囲で行なうべきだ。当然である。

 彼らの言い分はどうだろうか。何がどのようにどの程度危険なのか考えず「とにかく危ないし迷惑、禁止しろ」と喚き散らす、その本音は「自分さえ良ければ、人のことなどどうでも良い」というところにあり、まさにそれこそが、モンスターの本質なのである。違う場所で「見殺しにするのか、救助に出ろよ、それが仕事だろ税金泥棒」と喚き散らすことになるのである。
 一体そんな奴が跋扈する世の中のどこで当然のように「今は二次遭難の危険があるので捜索隊は出せません」と言えると言うのだ。

「彼らが私を攻撃したとき、私のために声をあげる者は、誰一人残っていなかった。」(マルティン・ニーメラー)

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2012年12月22日 (土)

マヤ予言

 2012年12/21に世界は破滅するはずだったらしい。

 ハレー彗星にしろノストラダムスにしろジュセリーノにしろ今回にしろ、世界破滅予言なるものを本気で信じた馬鹿者ども、この世から去りなさい。死ぬ覚悟はしたんだろうからそれで結構でしょ。どうせ破滅しなかったことに感謝もせず次の予言で騒ぐだけの人生なんだから、存在するだけまともな人の迷惑。

 温暖化だの核兵器だの自然災害だのとちゃんと現実に破滅因子があるんだから、下らんヨタ話で右往左往する暇があったらそっちに対応しろよ。

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2012年11月23日 (金)

「日本百名山」を考える

 多分常念岳山頂だったと思うが、山で隣に居合わせたおばさんが「百名山完登まで残りいくつになった」という話をその仲間としていて、確かな数字は記憶にないが、「もうかなり色々登ったんだねぇ」という感じの数字だった。残り20座台前半だったかな?
 この「百名山」とは深田久弥の随筆集「日本百名山」に載っている山のことで、選定基準は「山の品格」「山の歴史」「個性のある山」の3つで、付加的条件として「標高1500m以上」「(深田久弥)本人が登頂した山であること」だという。これ全部に登ることを目標に登山に来ている人が結構いて、場合により登頂数がステータスとして扱われている。
 △11は以前からこの「百名山を登る」ということにうっすら疑問と言うか違和感を覚えていたのであるが、そのことをこの時また改めて認識したのである。

 なぜ違和感を感じるのか。

 一つは形式的なことである。
 深田久弥はかなり色々な山に登って知識も経験もある中で慎重に選んでいるのではあるが、やはり数ある日本の山の中から「日本百名山」を一人で選ぶ資格がある人間ではない。
 ただ随筆集「日本百名山」出版当時これがこんな騒ぎになるとは深田久弥自身到底想像ができなかっただろうし、深田久弥本人の当初の意識としては自分の随筆集の題名を「日本百名山」としただけであってそこに提示した百の山を「日本百名山」と呼んだわけではないのかも知れないし、呼んでいたとしても現在存在する権威の匂いは微塵もなくまた読者と著者の両方の無意識に「(深田久弥の選んだ)日本百名山」と前置きつきで語られていたに違いない。そのことは、随筆集「日本百名山」が出版されたばかりの状況を想像できれば誰にでもすぐ分かると思う。随筆集「日本百名山」を読んだこともないのに深田百名山の百座完登を目指す登山者の群れもまだなく、「日本三百名山」も「日本二百名山」も「世界百名山」も「花の百名山」も「新・花の百名山」も「一等三角点百名山」も「北海道百名山」も「あおもり110山」も「東北百名山」も「うつくしま百名山」も「会津百名山」も「甲信越百名山」も「越後百名山」も「関東百名山」も「栃木百名山」も「ぐんま百名山」も「信州百山」も「信州ふるさと120山」も「山梨百名山」も「東海の百山」も「静岡の百山」も「岐阜百山」も「飛騨百山」も「関西百名山」も「大阪50山」も「ふるさと兵庫50山」も「ふるさと兵庫100山」も「奈良百遊山」も「中国百名山」も「ひろしま百名山」も「四国百名山」も「大分百名山」も「九州百名山」もまだないのである、、、つかアンタたちよくまぁこんなに作ったねぇ(呆)
 結果として、公的でなくまた公的ではあり得ないものにさも公的であるかのように聞こえる名称がついてしまった。そしてこの問題は岩崎元郎がむちゃくちゃな「新日本百名山」を選び始めて誰の目にも顕在化した。
 そのことから、深田久弥の随筆集は固有名詞なので仕方なく「日本百名山」と表記しても、その中で選ばれた百の山のことは「深田百名山」と表記する人が結構いる。△11もそれに賛同する。それであれば「多数ある日本の山の中から、知識と経験を普通より持っている深田久弥という名前の人が自分の見識に従って素晴らしいと思って選んだ山の百座です」で済む話だ。

 無論実質で問題がなければ、すなわち「日本百名山」という名称どおりほとんどの人が納得するような選定であれば、形式だけを問題にされるべきではないだろう。しかし、山というものは感情・感傷的な存在であり、「ほとんどの人が納得するような選定」などは不可能である。実際、実質的な問題もある。
 深田百名山で△11が間違いなく登頂したことがある山を挙げてみると2012年11月時点で木曾駒ヶ岳、仙丈ヶ岳、乗鞍岳、甲斐駒ヶ岳、八ヶ岳(赤岳、横岳、硫黄岳)、雨飾山、槍ヶ岳、穂高岳(奥穂高岳)、北岳、間ノ岳、常念岳の11座である。この他御岳は随分前なので記憶が曖昧ながら最高地点である剣ヶ峰には到達していないものの準頂上と言える摩利支天まで行ったハズだ。大雪山(旭岳)はロープウェーを降りてから少し登ったことがある。富士山は富士宮口から6合目まで登ったことがある。んで、その範囲の印象では、例えば。
 間ノ岳は「住んでいたことがある静岡市の最北端、かつ静岡県の最北端」で個人的に思い入れはあるものの、現地は「北岳南尾根の丸い丘」「それぞれの道が北岳、塩見岳、農鳥岳に通じる三叉路の交差点」に過ぎず、名山と呼ぶにふさわしいとは全く思われなかった。
 槍ヶ岳は周辺から見ている分にはどこから見ても鋭く美しい切っ先を天に向けており名山だとは思うが、現地は「工事現場」「天井なし、壁の代わりに断崖絶壁、岩敷の8畳間」だった。登るためより、眺めるに向く山なのではなかろうか。いやそもそもどこの山頂でもその場所には達成感以外の特別なことはないんで、周囲から眺めた方が美しいに決まっている。
 甲斐駒ケ岳には北沢峠から登ったが、黒戸尾根から登らねば「深田百名山の一つである甲斐駒ケ岳に登った」とは言えないように思われる。選定理由の根底にあるであろう信仰登山の観点から言えば、99%以上の人が使っているであろう北沢峠など裏口のようなものだ。鳥居をくぐらず裏口から神社の敷地に入って拝殿を後ろから拝んで「参拝した」という馬鹿がどこにいるか。1980年に開通した南アルプススーパー林道は1964年7月に出版された随筆集「日本百名山」の前提にない。
 行った季節・天候・時間帯・同行者・個々人の感性等によっても印象は違うだろう。 
 △11は満月の夜に乗鞍岳畳平駐車場で見た景色を忘れないが、その場所は、翌日の昼には普通の観光地だった。
 仙丈ヶ岳は△11個人としては非常に良い印象がある。そしてその好印象の理由は、断言するが、間違いなく「かわいい若い女の子たちと登ったから」だ。△11だけではない、深田百名山に雨飾山が入っているのは深田久弥と奥様との思い出が関わっているからと聞いたこともあるし、そして人間の感覚なんてものはそんなものだ。実際に△11が雨飾山に登った印象からは「日本で百に入るような山か?」と思う。
 自分の住んでいる地域の山はやはり感慨深いだろう。深田久弥の故郷、福井県の荒島岳が深田百名山に入っていることについてはそういう観点から批判がある。例えば△11の場合毎度スキーに行っていた木曽福島スキー場辺りから見える御岳に特別な思いがある。また遠く離れた地域の山はどれだけ頑張っても近所の裏山よりは疎遠に違いない。住んでいる場所から遠い山に一度だけ行って、その印象でその山の価値を決めて良いのか。また深田久弥だって日本中の山という山全てに登ったわけではなく、現に本人が随筆集「日本百名山」出版後しばらくして「日本百名山を出版した時、この山(△11注:ニペソツ山)をまだ見ておらず、ニペソツには申し訳なかったが百名山には入れなかった。実に立派な山であることを登ってみて初めて知った」と書いている。
 例えば信州で百名山であれば選べる人もいるだろうが、日本では地理的範囲が広すぎて全部知っている人が誰もおらずそもそもからかなり無理筋なのである。

 「何を基準にどこに行こうと私の勝手だ」という声も聞こえて来るし、まぁそれもそうなのだが、そう言ってしまって終わらない問題もある。
 例えばあまりに人が集中すると自然環境は荒廃するんである。
 例えば無理に行って遭難する人も出るんである。2009年07/16トムラウシでアミューズトラベルのツアーが遭難し9名死亡したが、そこにツアーがあったのは深田百名山に含まれていたからだろう。
 余談になるが、登山ツアーというのは何なのだろう、といつも思う。ツアーだからといって現地のことを調べないでついていくのであれば無謀登山の誹りは免れ得まい。現地のことを自分でも調べて準備するならツアーでなくても自分だけで行ける。ツアーで行くだけ制約が増え、さらにはツアー会社の質も調べる必要が出てくる。キリマンジャロやマッターホルンに登るのなら現地情報なり登山技術の観点でガイドが着く必然性もあるだろうが、特別登攀技術が要らない国内の一般ルートのみで登頂できる山に行くのになぜツアーなのだろうか。「お金を払って安全を買った気になる」以外に一体何の利点があるというのだろう。
 「初心者の時だけツアーで行ってガイドから学び、次から自分だけで行く」?
 まぁ理屈から言えばあり得なくはないけど、本当にそう思うなら旅行社のツアーでは質量ともに不充分なんで登山のガイドを探すべきだし、その程度のことでわざわざガイドなんか雇わなくてもインターネットで先輩の話を読んでいるだけで充分だ。

 そもそもどうして随筆集の目次を登山ガイドに使うのかねぇ、、、

 取り敢えず、△11は自分で「深田百名山を登り潰そう!」とは全く思わない。人にも勧めない。随筆集「日本百名山」を読んで登りたくなり、次の行き先候補に加える可能性はあっても、自分の行く場所は自分で選ぶ。

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2012年9月 1日 (土)

南海トラフ地震、死者32万人全壊238万棟か

 

》東海、東南海、南海地震などが同時発生するマグニチュード(M)9級の
》「南海トラフ巨大地震」について、国の二つの有識者会議は29日、被害想
》定などを公表した。
》死者数は最大で32万3000人。そのうち津波による死者は全体の7割の
》23万人に達する。

 別に何万人死ぬ想定が出ようが驚かない。驚いたのは、mixiの日記で結構「警告するだけでなく、国は何とかせぇよ」という意見が多かったことである。

 甘ったれるなゃ。国家の力なんか、どれだけ有効に使おうが、大災害の前では無力に近いことくらい思い知ったはずだ。危険な地域に勝手に住居を構えて暮らす人間の住居全部を安全にできるような力があるものか。ちょっと考えればすぐ分かるじゃないか。度重なる災害報道で一体何を見ていたんだ。
 そもそもこの世に、安全な場所などないのだ。危険の程度が違うだけ。
 自分の身は自分で守るのだ。守れなかった時、誰かに文句を言っても無意味。

 活動が記録に残っていない程長周期の活断層とか、最後はどうにもできないことはあるだろう。それでも図書館がありインターネットがあるこの世の中で、1000年程度の歴史はすぐ調べられるはずだ。地震・津波だけじゃない、浸水やら土砂崩れの危険性が高い地域はすぐ分かる。
 住居の購入を決定する前に周囲をうろうろ歩き回れば、大雨の際に水がどっちからどっちに流れてどこに溜まるかくらい分かる、、、水は低い方へ流れて低い場所で溜まるんだから。排水ポンプだの堤防だのといった人間の作ったものは勘定に入れない方がいい。どんなに短時間に大量に雨が降っても、どんな状況でも、水は高い方から低い方に流れて低い場所で溜まるが、人間の作ったものが有効に稼働するか、能力は充分か、は災害が起きてみないと分からないからだ。
 △11は当然自分の住む地域のことしか調べなかったけれど、もし2011年03/11以前に東北地方太平洋側で家を買うことになっていたとしたら、貞観地震(869年)の津波がどこまで来たか、当然調べていたと思う。これは後出しじゃんけん論ではない、今住んでいる場所を決める際に調べた事柄の中にはもっと古い事項が入っているから言うのである。

 無論想定すべきは自然災害だけじゃないだろう。
 昔の軍需工場の中には激しい爆撃を受けて、その周辺で今でも不発弾がよく出る地域がある。
 今から日本海側で家を買うなら、北朝鮮が日本を攻撃するとしたらどう攻撃するか考えて、少しでもとばっちりを受けにくそうな場所にする。
 航空自衛隊の、旧帝国陸軍時代からの火薬庫の近所には住みたくない。
 陸軍の演習地などは戦後どさくさで払い下げられた土地も多く、境界や所有権など登記がいい加減で紛争の原因になっているらしい。
 敗戦前後亜炭を掘っていた場所は地下に坑道が残っており、時々突然陥没して問題になっている。

 非常に高価で、一生に何度もするわけでなく、自分と家族の生命・身体を守る家を買うのに、それくらい調べないで、それくらい考えないでどうするんだ。

 先祖伝来の土地から離れるわけには行かないとか、今住んでいる土地を離れては仕事がないとか、「選択の余地がない」という人もいるかも知れない。しかし「選択の余地がない」と判断することも、自然災害の危険を前にして本人の責任で行なうことだ。無論その人は、その選択の責任は自分で負わねばならない。△11の意見ではなく、それが論理的な帰結である。

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