2013年6月 9日 (日)

登山規制の是非

 ニュースで山岳遭難が話題になるたびに、インターネット上で「登山なんか禁止してしまえばいい」という話を読むのだが、一体彼らは自分がどれだけ危険な主張をしているのか理解しているのだろうか、、、理解してないから主張しているんだろうな。

 彼らの主張はこうである。「登山は危険である上に、救援者の二次遭難の危険もあるので迷惑だ。危険なことを禁止するのに何の問題もない」。

 登山は危険?
 全く危険のない状態などあるのだろうか。
 ドライブもツーリングもサイクリングもランニングも水泳も散歩もできんぞ。いや家の中で寝ていたって、飛行機が落ちて来る危険はある。地震が起きて建物が倒壊する危険はある。
 本当に死の危険をなくすには、死ぬしかない。いや冗談じゃなくて。

 登山は生活に必要ないし、普通の趣味とは危険の程度が違う?
 法律ってのは、扱いを変えるなら、誰でも見てすぐに分かる線で分ける必要がある。そうでないと恣意的な扱いを許すことになってしまうからだ。
 △11の知る限り、国内で冬山でない一般ルートで行なう登山ってのは、言うほど危険ではない。無謀登山が危険なのは言うまでもないが、無謀運転が危険なのと同じで、それを以て普通の自動車運転や登山が危険である証左には使えない。
 そもそも「趣味の登山は禁止しろ」って言っている人は、「趣味」「山」をどこからだと思っているんだろう。標高198mの裏山に犬連れて散歩に行くのは登山じゃないのか。
 イメージや標高と、実際の危険も全く比例しない。夏に上高地から3190mの奥穂高岳に登るとか、そういうメジャーなコースなら、登山口から山頂まで人が列をなしているので、「道を間違えて迷い込んじゃった」「脚を怪我をして動けなくなって誰にも気づいてもらえない」、そういう危険があり得ない。遅くなって目的地にたどり着かなくても、最寄りの山小屋に逃げ込んで朝まで布団で寝てれば良い。安全なのである。静岡市の裏山で1051mの竜爪山に登った時は、歩く時間こそ奥穂高岳より短いものの、登山口から登り始め登山口に下山するまでの間誰にも会わなかった。同じ場所で同じ時期でも濃霧が出れば危険度は一変するし、それには15分もあれば充分。
 線引きなんかできないんである。
 あるトップカーレーサーの、こんな趣旨の発言を読んだことがある。「僕はサーキット以外では飛ばしません。エスケープゾーンもないですし、救急車も常駐していませんし、一方通行じゃないですし、走っている方の技量も色々で、危険ですから」

 二次遭難の危険に関しては、例えば「天候の回復を待ってですね、、、」と説明している山岳警備隊の警官に対し「見殺しにするのか、救助に出ろよ、それが仕事だろ税金泥棒」とかいうモンスターに対してノーを言える社会があれば充分である。
 無論助けに行けるのに怠惰で行かないのは批判されるべきだが、救助は二次災害を起こさない範囲で行なうべきだ。当然である。

 彼らの言い分はどうだろうか。何がどのようにどの程度危険なのか考えず「とにかく危ないし迷惑、禁止しろ」と喚き散らす、その本音は「自分さえ良ければ、人のことなどどうでも良い」というところにあり、まさにそれこそが、モンスターの本質なのである。違う場所で「見殺しにするのか、救助に出ろよ、それが仕事だろ税金泥棒」と喚き散らすことになるのである。
 一体そんな奴が跋扈する世の中のどこで当然のように「今は二次遭難の危険があるので捜索隊は出せません」と言えると言うのだ。

「彼らが私を攻撃したとき、私のために声をあげる者は、誰一人残っていなかった。」(マルティン・ニーメラー)

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2012年7月18日 (水)

インターネット上の過疎問題

 以前は、過密が大問題であった。まだインターネットでなくパソコン通信であった頃の話だ。

 何しろ、カメラの話をする場所が、ニフティサーブの写真会議室くらいしかないのである。
 それまでの情報に対する飢えもあって、マニアが集まって皆むさぼるように読んで書いていたので情報は物凄かった。
 が、喧嘩になると収まらない。お互い逃げ場所がないので、喧嘩相手と同居することになるからだ。
 一部はピープルに行ったらしいが△11は行かなかった。そう言えばパソコン通信大手にはPC−VANもあったはずだが全然情報は聞かなかった。

 解決したのは、ニフティサーブが個人掲示板であるパティオの料金を¥500/月に下げたからである。パスワードが必要なので呼ばれていない人は読めない。それまでにもパティオはあったのだが、費用がその10倍くらいしていたような印象があり、到底個人で開設できる感じではなかった。
 これで「嫌な奴が来るところには行かない」という選択が可能になったわけだ。仲が良かった人がパティオを開設、△11にもお誘いが来た。

 今調べたところ2005年にニフティサーブの会議室とパティオのサービスが終了したということで、かなり困ったはずなのだが、なくなった時どう思ったのか、どうしたのか全く記憶にない。2006年9月にmixiに参加して、写真会議室時代の仲間との交流は続行できた。

 その後やたらと交流ツールは増えた。インターネット上の各種掲示板。Facebook。今mixiのタイムラインに上がって来るのもtwitterからの転送が多いが、転送されるものは問題ない。自動車関係はみんカラ、、、

 最近の問題は、あまりに交流ツールが多いことだ。例えばオフ会の告知をするのにやたら色々な場所に出さねばならない。どこかで話題を提示しても、詳しい人が集まらない。

 まぁ贅沢な悩みではある。ニフティサーブの会議室でモメていた時は、こんな時代が来るとは思っても見なかった。

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2012年2月 7日 (火)

現在無趣味

 最近仕事が忙しく、遊ぶどころではない。

 遊ぶお金もない。ただ△11の趣味はランニングコストが極めて低い構造になっているので、趣味が理由で破綻するようなことはない。

 写真、天文、登山、スキー、何でも寝かせておけばいいだけ。唯一まとまった維持費が掛かるのはポルシェ924Sクラブスポーツであるが、これは普通人が普通に所有している自動車よりお金がかかっていないくらいである。

 まぁ、しばらくは手持ちの書籍でデータベースを充実すベェか。

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2009年9月11日 (金)

趣味人生の手じまいに向けて

 最近いくつかの事柄から、趣味人生の手じまいについて考えさせられている。

 利用者様の家に行った時のことだ。そのお宅はかなり裕福で、普通に暮らして行く分には大きい問題はない。「あなたの仕事には関係ないだろうけど」という枕詞付きで話してくれたこの家の問題は、趣味の設備や物品の維持・管理であった。例えば、趣味用の別棟が土台から腐っていて改修となると相当な費用と手間が掛かりそうなのである。ご主人は趣味をする時間はあるが脳梗塞が頻発するようになり体力面でも気力面でも無理が利かなくなって、先日も庭の水まきをしていて調子を崩ししばらく入院するハメに陥ったという。「若い頃はあまり先のことを考えないで趣味を拡張して来たけれど、今になると負担になるばかりやねぇ」と仰る。

 これを聞いていて連想したのは、いくつかの私設天文台の辿ったであろう行く末だった。1980年代後半にはハレー彗星に伴う天文ブームで、私設天文台が皆の憧れだったから、別荘を兼ねて建設したという記事が雑誌面を賑わしていた。しかし建てた人が年を取ると、使う人も修理する人もいないから荒れるばかりだったろう。売ろうにも若い人の間では趣味をやっている人は少ないし、やっていても欲しがる機材のトレンドが違う。人生の資産の大きな部分を投入して建設したのであろうが、後は処分費用がかかるばかりである。これはヨットや別荘の趣味でも全く同じことが言える。
 カメラやコンピューターなど前述の趣味と比較すれば設備が小さく済む趣味と言えども事情は同じであり、使いもしない機材が邪魔になる時期は来る。

 無論まだ具体的に手じまいを始める時期ではないと思う。しかしいつ手じまいをどのように始めて進行させて行くか、少なくとも今後大きく拡張する際には慎重にということは考え始める必要があるだろう、とは思う。

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2009年4月 5日 (日)

「本物」ということ

 バイク界の1980年代は1980年代のモーターサイクルにも書いたようにレーサーレプリカ一色だった。何しろバブル崩壊に向かって突き進んでいた時代だから皆前のめりに生きていたのである。しかし今回書きたいのはそのこと自体ではない。

 ホンダの2ストローク250ccレプリカと言えば最初はMVX250F(1983年発売)だった。しかしこれでは到底スズキのRG250ガンマには対抗できず、すぐにNS250R(1984年発売)に切り替わり、続いてNSR250R(MC16、1986年発売)、NSR250R(MC18、1987年11月発売のいわゆる1988年モデル)、NSR250R(MC18、1989年02月発売のいわゆる1989年モデル)とほぼ毎年マイナーチェンジを受け、毎年「今年のモデルはまさにRS250Rそのまま」と雑誌などで書かれていたような気がする。
 バイク業界は右を向いても左を向いてもレーサーレプリカ、メーカーは名前の中にRの数を競うように増やし「CBR400RR」とかいう名前のバイクもあった。そして乾式クラッチなんぞを装備したSP仕様車が追加されたりもした。
 この間車両価格は増大し続けていた。1989年モデルのNSR250R、SP仕様の価格は当時の雑誌によると¥689kと書いてある。レーサーレプリカでない250ccのバイクはだいたい¥400kくらいに収まったから、かなり高価であったことは間違いない。

 しかしそのレーサーレプリカ達が近づこうとしていたはずの「本物のレーサー」1989年モデルのRS250Rの価格¥1575kを見る時、△11は不思議な気分に陥る。

 同じ会社が売っている2つの製品がほぼ同一であって片方が¥689k、もう一方が¥1575kである場合どちらを買うだろうか。「ほぼ同一」が嘘でないのなら¥689kの方であろうが、しかし実際には、第一線で戦うためにNSR250Rをサーキットに持ち込んだ人はほとんどいなかっただろう。NSR250Rでは戦闘力が足らないのだ。つまりあれだけ毎年散々雑誌に書かれていた記事は嘘だったということになる。
 ホンダの2ストローク250ccレーサーはもう一つあって、NSR250という。市販車との名称の違いは最後にRがつかないだけであるが、これはお金をどれだけ出しても買えなかった。ホンダの看板を背負って走る価値があると認められ、ホンダと契約したワークスレーサーに供給されるだけである。そしてRS250RとNSR250の戦闘能力の差もまた歴然としていた。

 バイク修理のバイトをしていた時、チームのお手伝いの名目で鈴鹿に連れて行ってもらったことがある。レースは面白くなかった。準ワークスともいえるモリワキの独壇場なのだ。もう素人目からして最終コーナーから出て来るスピードが違うのである。△11が手伝っていたチームが使っているエンジンは全くチューンしていないノーマルだった。
 店の奥にホンダCBのエンジンの残骸があった。ピストンが下に突き抜けたのか、オイルパンに大穴が明いている。無論修理して使えるような状態ではない。そのエンジンなら戦闘能力は充分でモリワキともバトルができたというのだが、「何回転以上回しちゃイカン」と言われていたのに熱くなったライダーが回し過ぎてレース中にぶっ壊れたのだという。「もう一基作ってもう一度、と思わないのか」とも思うが、そんなお金はなかったろう。
 そのエンジンを作ったコストを訊くと「工賃まで加算すると¥2000kくらいかな。何でそんなに掛かるんだ、と思うよね。自分でもそう思うんだけど掛かるんだよね」というような趣旨でチーフメカは返事をされたように記憶している。
 レーサーにとって、タイムと順位が全てである。そして結果は数字で白日の下に晒され、イイワケは誰も聞かない。

 もう一つ、その次の話である。
 例えばここに最新型の市販車と少し前のレーサーがある。サーキットを走らせたら最新型の市販車の方が速かったとする。その時その少し前のレーサーには価値がないのだろうか。
 無論戦力としては無価値である。しかし、それ以外の分野では考えて見るまでもなく、無価値ではない。例えばフェラーリ250GTO、天文台コンクール物のポケットウォッチ。これらはもっとずっと安価で優秀な製品が新品で売っているのにも関わらず、今でも「本物」と認められている。
 数字で表現できる能力のみを求められた分野の製品が前線から退いた後にも「本物」であり続けるためにどのような要件が必要なのか△11には分からないけれども、数字で表現しきれない分野にも「本物」が厳然と存在し、分かる人には歴然と明らかである。そしてメーカーや提灯持ちが「これは凄く良いですよ」と言っているからといって本当に良いとは限らない。

 芸術の分野は全く数字とは無関係に近いけれども、やはりこの世界でも最初から「本物」は存在する。ぱっと見圧倒されるような素晴らしさ、美しさを持つ芸術品というものはある。というより、個人的にはぱっと見圧倒されるような素晴らしさ、美しさを持たない芸術品なぞ何の意味もないと思っているのだが、、、専門家による鑑定でどう判断されようが、自分が感動を持てない芸術品を買う理由なぞないのである。
 北大路魯山人が書いたものだったと思うが、「骨董を難しいとかいう人がいるが、何も難しいことはない。美人を難しいとか、花を難しいという人はいないが、それと同じで美しいと感じたものを愛するだけである」という趣旨の文章を読んで深く頷いたことがある。そういうことである。

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2006年12月18日 (月)

スキーの長さと裸の王様

 今はそんなことはなくなったが、昔は小中学生も元気だったものである。だからスキーで引率のマネゴトなぞしていると結構「板はどんなのを選べば良いですか」とか聞かれた。「△11さんは飛ばし屋だから色々詳しい細かい話が聞けるに違いない」という気持ちであろう。
 例えば「オーストリア製は高速滑走に、フランス製は回転に向いている」等と言えば受けが良かったのかも知れないが、△11の回答は「板なんか何だっていい」だった。色々な板に乗ったが違いが感じられたことはない。もっとシビアな状況ならともかく△11のやっている範囲ではどれだって良い。
 「では何cmくらいが良いでしょ?」と食い下がる奴もいる。△11の答えは「180cm」であった。「185cm以上だとバスや電車に持ち込むのが急に面倒になるから」である。180cm以下にしておけば引っかかっても無理矢理引っ張り込めば通れるが、185cmは板を斜めにするなりして気を使わなければ無理矢理引っ張ったって通らないのである。
 余談になるが、もっと短くても良かったのかも知れない。だがこの当時175cm以下となると女性用とか子供用になってしまう。まぁ180cmで用は足りるのでそれ以上どうしようと考えたことはなかった。
 これを冗談と取る奴もいた。長い板を礼賛するのが当時の世間の趨勢、まして技量が高ければ200cm以上の板に乗ってウンチクを垂れていた方が格好良かった時代である。「バスや電車に、、、」ではいかにもマヌケな話だ。「でも180cmでは短か過ぎますよ、直進安定性が、、、」「冗談じゃねぇ、おめぇは俺より速く滑るのか。俺があの速度で滑っていて直進安定性に不満がないのに、何でおめぇが直進安定性を語れるんだ」
 その後カーヴィングスキーが出て来てスキー板は160cmでも当然の時代が来た。この長さでも直進安定性は充分だそうである。

 今の若者はこの話を読んで笑うかも知れない。しかし現代の若者はまだ自分の裸加減を実感する経験をするほど長生きをしていないだけである。裸の王様でいないことは意外に難しい。

 で、△11は最近200cm超のロシニョール 7Sケブラー(△11のスキーケース)をゲレンデで振り回して悦に入っている。

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2006年10月13日 (金)

グッズマニュアル

 1960年代、1970年代、1980年代、それぞれの時代それぞれの分野に詳しい人が執筆している。

Scan0083  1960年代、、、△11は遺物と伝聞でしか知らない。しかし3冊の中では一番眺めていて面白い。

 なぜ面白いのかを考えるに、1つには△11の方に知識がない、というのがあると思う。知っている分野の読み物は、記事の間違いが気になったり、自分にとってもっと面白い物があるのが掲載されていないのにがっかりしたりするものだ。
 それから、どの分野でもまだ全然電子化されていないため、力技を随所に見ることが出来るからだろう。端的なのは時計の分野で、クォーツの時計は1969年発売のため、掲載品は全て機械式なのである。

Scan0082  1970年代。△11が育った時代の前半である。
 まだ子供であったから、ほとんど分からない。それでも兄が使っていたクナイスルのスキー板のデザインと、スーパーカーブーム真っ盛りの当時は必須の知識で誰でも一通り知っていた自動車、古い趣味の一つであるカメラの分野は分かる。

 余談であるが自動車の分野で当時ランボルギーニカウンタックLP400Sはフェラーリ365GT4BBよりメジャーであったし、フェラーリ 365GT4BBはマセラティのボーラ/メラクよりメジャーであったし、ポルシェ911はポルシェ924よりメジャーであったが、この比較全てマイナーな方に魅力を感じる自分は何なのであろうか。単なるマイナー好きではないつもりなのだが、、、

Scan0081  1980年代。△11が育った時代の後半であり、一番好きな年代である。しかしグッズマニュアルに関して言えばあまり面白くない。
 色々要因はあると思うが、一つには、どうもあの時代を後から振り向いてみる場合「電子化」に重点を置かざるを得ないからではないか。カメラの分野を例に取ればミノルタαー7000以降のカメラがほとんどで、それはあの時代を振り返ろうとする場合避けて通れないことであろうが、△11個人としては趣味として面白くないし、面白くない人が多いのではないか。
 もう一つは、自分がかなり詳しい分野もあるせいではないか。総合的に趣味の話をすればそれぞれの趣味は紙面の関係で内容が薄くなるのは当然である。自分のやっていない分野の記事はそれなりに面白いし、いかに自分の育った年代のことを知らないか、と思う。人間の興味の範囲は限られており、世の中は広い。
 それから、望遠鏡等あまりにマイナーな趣味はやはり掲載されない(^_^;

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2006年5月 7日 (日)

貴族生活へのお誘い

 以前ボランティアでも「先生」と呼ばれる立場にいたので、時々小学生辺りの子供を持つ母親から「息子が勉強しないんです」という相談を受けた。例えば「息子の友達のT君が山村留学で楽しそうにやっているのを見て自分も山村留学したいとか言い出しました。T君は良かったけれどその後をついていくだけではうまく行くかわからないし、主体性がないと思う」というお話。
 △11は「子供が勉強しないのは『勉強して良かった』という話を聞いたことがないからだと思う」「山村留学は少なくともうまく行った事例が目の前にあるわけだから、『勉強して良い大学に入りたい』というより余程健康な判断ではないだろうか」「主体性主体性と言うが自分がその年齢の時に主体性があったか、あなたもあなたの同級生もいい加減だったと思うが皆どうにかなったのではないか」「子供が不幸にならない方法を考える暇があるなら自分が幸福になれる方法を考えなさい、身近な大人が幸福でないのに子供が希望を持って将来を考えられるわけがない」と言ってあげた。
 これに対し「△11先生は無責任なお立場だから」という親もいるが、誠実に話をするのは当然としても無責任な立場でこそ見えやすい真実もあると思うし、子供より先に死ぬであろう親も子供に対して責任なんか取れるもんじゃないのだ。

 他の国の人を知っているわけではないけれど、日本人の底流に抜き難くあるのは「努力すれば楽な生活ができる」という思想ではないだろうか。しかし、実際には日本人は努力して来たハズなのに、到底楽になったとは思えない。残業&接待&単身赴任で帰らない父親、欲求不満を息子にぶつけて「愛した」気になっている母親、、、
 そんなことより、労働時間は必要最小限にして楽しく遊ぶべきだ。無論労働時間内集中してきっちり仕事をするのは前提である。「会社から冷遇され給料が下がり遊ぶお金どころじゃなくなる」という人もいるかも知れないが、給料が安いのではなく単に無駄遣いが多いのだ。実際、△11の持っているブツを見て「どこからそんなすげぇ資金が出てくるんだ」という人が結構多いのだが、その人は趣味でもない自動車を5年に1度買い替えていたり、パチンコに遊びに行っていたりする。
 自動車を買い替えたり、パチンコに行ったりしてはイケナイ、と言っているわけではない。趣味なんか所詮「無駄遣い」なのだ。無駄遣いを無駄遣いとして認識し、その上で「無駄遣いをする」か「コストに合わないと思うから止めておく」という判断をしているならばそんなに多額を無駄遣いしなくて済むし、まして他人ばかりたくさん贅沢をしているようには見えないハズだ、ということを言っているのだ。
 、、、ところで、普通自動車を新車で買い替えているのに△11に対して「どこからそんなすげぇ資金が出てくるんだ」と言って来た人にそのことを指摘したら「ボロい車や、軽自動車では何となく恥ずかしいから」だって。そんなツマラナイ見栄に莫大なお金をブチ込む人間がいくら金を持ったら充分だって言うんだぁよ。必死で有効な使い方を考えている人に何を言えるって言うんだぁよ。

 だいたい、余暇が充実していない人間が仕事に意欲を持てるのかね。いや、持てる人はそれで良いのだが、持てない人は無駄な残業を断って余暇を充実することこそ職場に対する責任を果たすことになるのではないのか。
 「貴族が生きられた時代とは違う」という人もいるかも知れないが、それこそ現代の方がずっと簡単に貴族になれる。全自動洗濯機、電気炊飯器、食器洗浄機、いつでも天下の名演を奏でるオーディオ機器、世界中の情報を手に入れてくれるコンピューター、、、とほとんどコストなしで従順な召使のように働いてくれる優秀な電気機器が安価に販売されているし、皆がブランド志向に走っているため無銘で値段の安い美術工芸品も多く、コストを掛けずに良い生活を実現できる条件が揃いまくっている。身分制度はなくなったから、誰でも思い立ってお金や時間の使い方を変えた瞬間から貴族だ。
 現時点で貴族生活に入ったら周囲からの風当たりはかなり強いかも知れないが、皆が始めればだんだんそれが当然になり、そのうち一番反動的だった人間が孤立し最後は「俺もそうすべきだとずっと前から思っていた」と言い出す、日本が変化する時のパターンですな(^o^)

 で、最初の話に戻るが、、、
 必死で受験勉強し、もし「成功」した場合、「公務員になって安い給料で定年まで働き、天下りの連続で税金からガッポリ。周囲から頭を下げられることに慣れて世間知らず、税金泥棒の自覚すらなく人の金だから有り難みも感じない」「大企業に就職し遊ぶ暇もなく働き続け、出世街道を歩めれば定年の頃やっと年収¥10000k」とかになるわけだが、どっちにしろお金が入る頃には若くないし、遊んで来てないので遊び方も知らず遊ぶ体力気力もない。敢えて言えば見栄張りか権力闘争か財産目録製作辺りが趣味。刺激がないので痴呆になって、お金以外の価値を教えてもらってない子供が財産争い。そんなの楽しいか?

 もちろんお金は大事だし、お金がないとできない遊びもあるが、暇も大事だし、暇がないとできない遊びもある。どれを選ぶかは本人だってことだ。
 そもそも子供の頃に遊んだ記憶がない人間が「人生は(色々あっても基本的には)楽しい」と思えるわけもなし、「人生は楽しい」と思えないのならば必要があっても頑張れないだろう。

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2006年4月26日 (水)

多趣味の勧め

 個人的には「広く浅く」だと思っているのだが人から見ると「広く深く」に見えるらしく、趣味の話をしていると結構「よくそれだけ色々なことに詳しいですねぇ」と言われる。

 △11が卒業した高校は、英語を重視していた。普通科以外に英語科があり、外国人講師が多数おり、日本人講師も英語だけでなく色々な言語を話せた。学校の内線電話で先生同士が英語、ドイツ語、フランス語等をチャンポンに話していたものである。
 そこで「多言語をマスターするコツは、同時に多数の言語を学ぶことだ」と聞いたことがある。ヨーロッパの言語はほとんど全て親戚みたいなもので、英語とフランス語なら片方の単語を覚えて変換方法を覚えれば良い。文法は、共通とは言わないが似たところが多数あり「あぁ聞いたことのある話だ」ということが多いはずである。同族の言葉を増やすなら加速度的に楽になって行く。無論実際にはもう少し複雑であると思うが、原理はそういうことだ。

 オルゴールの博物館に行って展示物を見ていたら「こりゃ古いポケットウォッチに使われているフュージー機構そのものじゃん」ということがあった。ゼンマイの緩む力を歯車で減速し脱進機で定速化し精密な低速回転を得る点に於いて時計とオルゴールに使われている技術は全く同じなのである。実際アブラアン・ルイ・ブレゲ、フランソワ・ルクルト、ジャケ・ドロー等はどちらの分野でも有名人である。
 大型の「オルゴール」には多数の楽器を組み込んだものがあり、オルゴールと楽器の間に境界線はない。
 その自動演奏に合わせて、模型の楽器を演奏するように動く自動人形が組み込まれたものもある。時間が来ると中で鐘が鳴り、人形が模型の鐘を叩く時計がある。ここにも境界線はない。
 オルゴールはドラム交換式になって一台のオルゴールで色々な曲を演奏出来るようになった。さらに長時間の演奏を求めてディスク交換式に進化したが、その技術は蓄音機が発明された時そのまま活用された。さらに音楽再生への執念はレコード、コンパクトディスクへと進化して行った。例えばレコードプレーヤーのメーカーとして知られるトーレンスは元々オルゴールメーカーであった。精密回転を得る技術の末裔は現在ハードディスクに使われていることだろう。
 時間計時を正確に行う技術はカメラのシャッターにも使われる。セイコーは時計以外にカメラのシャッターも作っているし、ルクルトもカメラを作ったことがある。またボレックスのメーカーとして知られるパイヤールは元々オルゴールメーカーであった。
 縮尺は違うものの、現代のバイクや自転車で使われているものと全く同じ構造のチェーンが古いポケットウォッチやオルゴールにも使われている。
 規格化、という概念が発生したのは銃の分野である。銃1丁につき同じ大きさで多数の弾丸を揃えなければならない必要性が目の前にある。この概念はあらゆる機械製品に流用された。この概念があって初めて大量生産が可能になり、オプションを交換して一つの製品を色々な用途に使えるようにもなった。修理も故障部品だけを交換するだけで可能になった。前述したドラム交換式オルゴールも銃の発明なくしてはなかったかも知れない。また工作精度が高くなければ規格に収めることは出来ないため、工作精度向上に強い圧力となった。
 ヤマハのレコードプレーヤーで覚えた「ジンバルサポート」という単語はヨットの分野ではコンロ、時計の分野ではデテントクロノメーターでも出て来た。レコードプレーヤーでは振動を拾わないため、ヨットのコンロでは揺れる海上で調理物をひっくり返さないため、デテントクロノメーターでは脱進機の姿勢差を出さないために水平に宙に浮かすのだ。
 要するにこれらは大きく言えば歯車やゼンマイやカムやふいご等の組み合わせを駆使した「機械文明によって製造された製品群」なのであって、厳密な分類などは無意味である。

 このように、趣味にも同族のものが多い。例えば自動車とバイクはほとんど同じ原理で動く。時計は歯車で駆動されている点で近い。カメラは光学関係が入るだけ。望遠鏡はカメラとほとんど同じ。電気製品であるという意味でオーディオとパソコンは同じ、自動車やバイクやカメラや望遠鏡にも電装部品はある。金属素材の処理の話はあらゆる機械関連の趣味で出て来る。自動車やバイクで石油燃料のエネルギー、すなわち危険性を知っているから、アウトドアでのストーブの扱いも人に言われる前から慎重になるだろう。
 そういうわけで無趣味の人や単趣味の人から見る程大変でもない。無論自分で修理するとなれば全然別問題であろうが、普通に使うために人の説明を聞く分にはピンと来る話が多くて楽だし、何より面白いことも増えるのだ。

 △11は言語に関しては挫折したが、趣味をやるなら多趣味がお勧めである。

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2006年4月 4日 (火)

欲しいものを買うべきだ

 最初にそのことに気がついたのは、ミノルタが最初の本格システム一眼レフα−7000を出して各社とも一斉にオートフォーカスをシステムに取り入れ始めたいわゆる「αショック」の頃である。

 キャノンは旧来のFDと別にレンズ内モーターが売りのEOSシステムを新たに立ち上げた。ミノルタ、キャノンともマウント自体の変更であり、以前のレンズは使えない。
 ニコンはマニュアルフォーカスとマウント共用のニコンF−501とAiAF**/*Sレンズ群を出した。上位互換であり、ボディーとレンズどちらかでもマニュアルフォーカスだとオートフォーカスでは使えない。

 ここで、ニコンFE2(△11のカメラバッグ)ニコンFM2(△11のカメラバッグ)を使っていた△11は重大な決断を迫られた。新規にレンズを購入する場合、プラスチック黒ずくめに透明な窓までついて安っぽいAiAF**/*Sを購入するのか、カラフルで憧れて馴染みのAi**/*Sを購入するのかということである。将来オートフォーカスカメラを導入する場合、AiAF**/*Sを購入しておかないとオートフォーカスボディーの意味がない。しかし少しずつでも揃えて来たAi**/*Sの中にAiAF**/*Sを入れる気にはならなかった。まして将来的にAiAF**/*Sに順次買い替えるのか?という問題も出て来るだろう。

 結局この問題に△11は昔からの計画通りAiニッコール24/2.8S(△11のカメラバッグ)を購入することで一応の決着を付けた。「オートフォーカスはミノルタなりキャノンを買えば良い、もしくはどうしてもオートフォーカスが必要なレンズだけ買い足せば良い」と思ったし、オートフォーカスの機材にありがちなあの安っぽさは嫌だった。そもそも個人的にはオートフォーカスの必要性は低かった。

 この結論は、当時としては正解とは思えず「デザインなんかで決めていいのか」「問題の先送りだ」等とも思ったが、結果として正解だったと思う。ニコンFE2、オリンパスOMー3、キャノンT−90等がもてはやされたのは極端な例ではあるが、別にオートフォーカスが世間の主流になっても、マニュアルフォーカス機材の価値をいささかでも減ずるわけではなかったのである。

 この事件を1つの契機として△11が学んだのは「自分が欲しいもの、必要とするものを買え!」ということである。世間の趨勢などどうでも良いのだ。

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