2012年1月 2日 (月)

インターネットは今後クローズドサービスに向かうだろう

 パソコン通信の、そしてインターネットの利点は、限りなく開かれていたことだった。どこからでも誰でもアクセスでき、発信できる。

 △11の立場で特に利点が大きかったのは趣味の分野であった。
 それまでカメラだの時計だのといった趣味では、情報を得るのに雑誌等非常に限定的な手段しかなかった。重要な情報は身銭を切って得なければならなかったのだ。
 それがパソコン通信では非常に詳しい人が書いたものを読める。礼儀を失しなければ質問し、答えて頂くこともできる。非常に著名な人と知り合い、場合によってはこちらが偶々持っていた情報を出すことで感謝されたりということもある。

 ただ、限りなく開かれていることから、毎度色々なところで「炎上」という形で騒ぎになっていることは周知のことだろう。一度書いた文章は騒ぎになると事実上消せない。またネット上で誰かに逆恨みされた時に、過去の書き込みからある程度個人情報を洗い出される危険性もある。
 「公共に対して消せない文章を書く」ということが重荷になっている人も多いのではなかろうか。
 無論「炎上するのは犯罪予告とか犯罪自慢とか、本人に原因がある場合がほとんど」という話もあるのだろうが、しかし自分なりにまともな議論をしていたつもりであっても、炎上しない保証はどこにもない。

 完全オープンの場所はこれからもなくならないだろう。それはインターネットがここまで大きくなった理由がなくなっていないからだ。
 ただこれまではオープン一辺倒だったのが、読める人を限定するサービスが増えて行くと思う。△11も今の主力はmixiの日記で、マイミク限定である。

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2011年9月26日 (月)

福島からの荷物

 精計堂に修理依頼してあったロンジン ナルダン型・サファイア」(△11の時計)ユリス・ナルダン K14WGレディース(彼女の時計)が届いた。ちゃんと正確に動くし良心的な対応だった。要修理品が出たらまた頼みたいと思う。

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2009年9月11日 (金)

趣味人生の手じまいに向けて

 最近いくつかの事柄から、趣味人生の手じまいについて考えさせられている。

 利用者様の家に行った時のことだ。そのお宅はかなり裕福で、普通に暮らして行く分には大きい問題はない。「あなたの仕事には関係ないだろうけど」という枕詞付きで話してくれたこの家の問題は、趣味の設備や物品の維持・管理であった。例えば、趣味用の別棟が土台から腐っていて改修となると相当な費用と手間が掛かりそうなのである。ご主人は趣味をする時間はあるが脳梗塞が頻発するようになり体力面でも気力面でも無理が利かなくなって、先日も庭の水まきをしていて調子を崩ししばらく入院するハメに陥ったという。「若い頃はあまり先のことを考えないで趣味を拡張して来たけれど、今になると負担になるばかりやねぇ」と仰る。

 これを聞いていて連想したのは、いくつかの私設天文台の辿ったであろう行く末だった。1980年代後半にはハレー彗星に伴う天文ブームで、私設天文台が皆の憧れだったから、別荘を兼ねて建設したという記事が雑誌面を賑わしていた。しかし建てた人が年を取ると、使う人も修理する人もいないから荒れるばかりだったろう。売ろうにも若い人の間では趣味をやっている人は少ないし、やっていても欲しがる機材のトレンドが違う。人生の資産の大きな部分を投入して建設したのであろうが、後は処分費用がかかるばかりである。これはヨットや別荘の趣味でも全く同じことが言える。
 カメラやコンピューターなど前述の趣味と比較すれば設備が小さく済む趣味と言えども事情は同じであり、使いもしない機材が邪魔になる時期は来る。

 無論まだ具体的に手じまいを始める時期ではないと思う。しかしいつ手じまいをどのように始めて進行させて行くか、少なくとも今後大きく拡張する際には慎重にということは考え始める必要があるだろう、とは思う。

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2009年4月 5日 (日)

「本物」ということ

 バイク界の1980年代は1980年代のモーターサイクルにも書いたようにレーサーレプリカ一色だった。何しろバブル崩壊に向かって突き進んでいた時代だから皆前のめりに生きていたのである。しかし今回書きたいのはそのこと自体ではない。

 ホンダの2ストローク250ccレプリカと言えば最初はMVX250F(1983年発売)だった。しかしこれでは到底スズキのRG250ガンマには対抗できず、すぐにNS250R(1984年発売)に切り替わり、続いてNSR250R(MC16、1986年発売)、NSR250R(MC18、1987年11月発売のいわゆる1988年モデル)、NSR250R(MC18、1989年02月発売のいわゆる1989年モデル)とほぼ毎年マイナーチェンジを受け、毎年「今年のモデルはまさにRS250Rそのまま」と雑誌などで書かれていたような気がする。
 バイク業界は右を向いても左を向いてもレーサーレプリカ、メーカーは名前の中にRの数を競うように増やし「CBR400RR」とかいう名前のバイクもあった。そして乾式クラッチなんぞを装備したSP仕様車が追加されたりもした。
 この間車両価格は増大し続けていた。1989年モデルのNSR250R、SP仕様の価格は当時の雑誌によると¥689kと書いてある。レーサーレプリカでない250ccのバイクはだいたい¥400kくらいに収まったから、かなり高価であったことは間違いない。

 しかしそのレーサーレプリカ達が近づこうとしていたはずの「本物のレーサー」1989年モデルのRS250Rの価格¥1575kを見る時、△11は不思議な気分に陥る。

 同じ会社が売っている2つの製品がほぼ同一であって片方が¥689k、もう一方が¥1575kである場合どちらを買うだろうか。「ほぼ同一」が嘘でないのなら¥689kの方であろうが、しかし実際には、第一線で戦うためにNSR250Rをサーキットに持ち込んだ人はほとんどいなかっただろう。NSR250Rでは戦闘力が足らないのだ。つまりあれだけ毎年散々雑誌に書かれていた記事は嘘だったということになる。
 ホンダの2ストローク250ccレーサーはもう一つあって、NSR250という。市販車との名称の違いは最後にRがつかないだけであるが、これはお金をどれだけ出しても買えなかった。ホンダの看板を背負って走る価値があると認められ、ホンダと契約したワークスレーサーに供給されるだけである。そしてRS250RとNSR250の戦闘能力の差もまた歴然としていた。

 バイク修理のバイトをしていた時、チームのお手伝いの名目で鈴鹿に連れて行ってもらったことがある。レースは面白くなかった。準ワークスともいえるモリワキの独壇場なのだ。もう素人目からして最終コーナーから出て来るスピードが違うのである。△11が手伝っていたチームが使っているエンジンは全くチューンしていないノーマルだった。
 店の奥にホンダCBのエンジンの残骸があった。ピストンが下に突き抜けたのか、オイルパンに大穴が明いている。無論修理して使えるような状態ではない。そのエンジンなら戦闘能力は充分でモリワキともバトルができたというのだが、「何回転以上回しちゃイカン」と言われていたのに熱くなったライダーが回し過ぎてレース中にぶっ壊れたのだという。「もう一基作ってもう一度、と思わないのか」とも思うが、そんなお金はなかったろう。
 そのエンジンを作ったコストを訊くと「工賃まで加算すると¥2000kくらいかな。何でそんなに掛かるんだ、と思うよね。自分でもそう思うんだけど掛かるんだよね」というような趣旨でチーフメカは返事をされたように記憶している。
 レーサーにとって、タイムと順位が全てである。そして結果は数字で白日の下に晒され、イイワケは誰も聞かない。

 もう一つ、その次の話である。
 例えばここに最新型の市販車と少し前のレーサーがある。サーキットを走らせたら最新型の市販車の方が速かったとする。その時その少し前のレーサーには価値がないのだろうか。
 無論戦力としては無価値である。しかし、それ以外の分野では考えて見るまでもなく、無価値ではない。例えばフェラーリ250GTO、天文台コンクール物のポケットウォッチ。これらはもっとずっと安価で優秀な製品が新品で売っているのにも関わらず、今でも「本物」と認められている。
 数字で表現できる能力のみを求められた分野の製品が前線から退いた後にも「本物」であり続けるためにどのような要件が必要なのか△11には分からないけれども、数字で表現しきれない分野にも「本物」が厳然と存在し、分かる人には歴然と明らかである。そしてメーカーや提灯持ちが「これは凄く良いですよ」と言っているからといって本当に良いとは限らない。

 芸術の分野は全く数字とは無関係に近いけれども、やはりこの世界でも最初から「本物」は存在する。ぱっと見圧倒されるような素晴らしさ、美しさを持つ芸術品というものはある。というより、個人的にはぱっと見圧倒されるような素晴らしさ、美しさを持たない芸術品なぞ何の意味もないと思っているのだが、、、専門家による鑑定でどう判断されようが、自分が感動を持てない芸術品を買う理由なぞないのである。
 北大路魯山人が書いたものだったと思うが、「骨董を難しいとかいう人がいるが、何も難しいことはない。美人を難しいとか、花を難しいという人はいないが、それと同じで美しいと感じたものを愛するだけである」という趣旨の文章を読んで深く頷いたことがある。そういうことである。

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2009年1月12日 (月)

エンサイクロペディア・ブリタニカ第11版

 何気なくネットサーフィンしていて面白い記事を見つけたので報告。お題のブツがパブリックドメインになっているというのである。

 第11版は1911年に当時の知識の粋を集めて編集され「史上最高の百科事典」と称されている。無論それより新しい事柄は掲載されていないわけではあるが、、、

 ネット上でも1911 Encyclopedia britannica - Free Onlineで公開されている。

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2008年11月 3日 (月)

角型時計が欲しい

 「縁がない」という言葉がある。欲しいと思っていても思った通りには買えないものだ。

 少し前、△11は「金無垢の時計」に縁がないと感じていた。この原因ははっきりしていて、△11は時計は機械だと思っており、あまりケースに価値を置かないからだ。同じ機械を積んでいてケースがステンレスか金無垢かと言えばステンレスの方が安価なのでそちらを選択することになる。
 宝飾品も好きだが、もし宝飾品と見るならそれに時計の機械が入っている必然性はない。

 今は「角型時計」に縁がないと感じている。これにも理由はあって、それは時計の機械は丸型の方が効率が良いということだろう。本当かどうか知らないがそのように読んだことがある。実際丸型に比べて角型の時計は少ない。
 △11のことだから角型ケースに丸型ムーブメント、などという邪道を受け付けないのは無論である。

 それでも世間を見渡してみるとインターナショナルの87、パテック・フィリップの9ー90、ヴァシュロン・コンスタンタンの9、ジャガー・ルクルトの438/4、ロンジンの9.47N、ロレックスのHWと角型ムーブメントの傑作とされるムーブメントもたくさんある。まぁ△11の可処分所得と釣り合うかどうかはまた別問題だが、、、

 金無垢の時計を買った時のように無理せず探してアンテナに引っかかってくる物を素直に買えれば、と思う。例えばハミルトン K14YGポケットウォッチ(△11の時計)なんぞ高級メーカーの新品同様の銘品を金買い取りの価格以下と思われる価格で手に入れているのだ。

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2008年10月25日 (土)

「マニュファクチュール」の無意味

 少し前から「マニュファクチュール」であることを宣伝する時計メーカーが増えて来た。「マニュファクチュール」とは時計を自社で一貫生産している、という意味である。これと対比し時計の機械を機械専業メーカーから購入して時計を生産しているメーカーを「エタブリスール」という。

 多分これは1990年代「一般自動巻と言えばエタ2492」、「クロノグラフ自動巻と言えばバルジュー(エタ)7750」になってしまった反省からだろうと思う。
 機械時計は精度の観点から言えばクォーツ時計に敵わない。機械が面白いから選択するものであって、コレクションの裏蓋を開けてみたら肝心の機械が全部同じでは幻滅するのも道理であろう。

 しかし、だからと言って一貫生産を宣伝文句にするのもピント外れのような気がする。

 そもそもスイスの時計産業はアメリカ時計産業に倣い、分業によって国際競争力を保って来た。ネジ、文字盤、ケース、ゼンマイと専門メーカーが各パーツを大量生産することでコストを下げ、「安物の作り方だ」と冷笑していたイギリス時計産業を壊滅に追い込んだ。つまり、言うなれば「マニュファクチュール」はスイス時計らしからぬ製造手法なのである。
 この方法が通用しなくなったのは日本のクォーツ時計が登場・発展したからだ。電子機器のコストダウンの能率は機械機器のコストダウンの比ではない。

 スイス時計産業は、一時壊滅に近い状況まで追い込まれながら、自分の知っている手法の範囲でやれることをやった。その結晶がエタ2492とバルジュー7750だ。

 その意味でインターナショナルで起きていることは興味深い。
 バルジュー/エタCal7750とインターナショナルCal80110に書いたように、一部の「自社製機械」がバルジュー7750の改造であることがマニアの調査で判明した。
 しかしそもそもインターナショナルは結構良心的な会社で、エタ2492を採用してもそのままでは使用せず大幅に改良して搭載して来たことが知られている。
 となれば、これらの事実を前に時計マニアは「一体マニュファクチュールとは何ぞや」という疑問に直面する。

 だいたい、ネジやゼンマイなどまで自社で一貫生産しているところはない。もし多大なコストを掛けてそれらを自製したメーカーがあったとしても、専業メーカーから購入するより良いものは製造できないので、そのことに何の意味もない。同等以上の品質を持つ部品をぐっと安価に調達できるからこそ分業が進んだのである。

 最近は自社生産能力を持つ小メーカーを買収してマニュファクチュールを名乗る例もあるようだ。
 また極端な例では「ファブレス・マニュファクチュール」という言葉もあるらしい。自社設計はするが自身では工場は持たず(ファブレス)、製造は委託するという形態である。ましてその「自社設計」は独立時計師に委託している場合もあるという。こうなるとエタブリスールとの違いは製造に伴う契約形態や、資本関係だけとなる。無論契約形態や資本関係のあり方は時計の出来に全く無関係である。

 もし分業を否定するならばそれも良い、効率が全てではない趣味の世界ではそれはそれで一つの考え方ではある。しかしそれならオメガ、ロンジン、モバード等が「マニュファクチュール」だった1960年代までの製品が高く評価されてしかるべきハズだし、敷衍すれば19世紀のイギリス製時計の方がもっと良いハズではないのか。

 要するに、ユーザーが賢くなって「セールストークそれ自体には何の意味もない」ことを思い知るしかないのだ。

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2008年8月10日 (日)

ブランド物の相場が暴落する日

 バブルを経験した人は、あの狂乱の株価と地価を覚えておられると思う。とにかく手当り次第に株か土地を買っていれば儲かった時代だった、、、というのは実際には経験していないが、新聞の株式欄を見てシミュレーションした経験と、伝聞である。
 バブルが崩壊しふと気がついてみれば凄まじいデフレと不景気が吹き荒れており、その時になって「どうしてあの時右肩上がりに上がり続けると思い込んだんだろう、そんなことあり得ないのに」と言ってみても、右肩上がりが続いている時には未来永劫右肩上がりが続くように思えるものなんである。
 それはそうと、今高値でわいわいやってる原油やプラチナにせよいつまでもあんな価格ではなかろう。

 しかし、よく考えてみればバブル崩壊後のあのデフレの中で何でも値下がりしたわけではない。その一つがブランド物である。
 いや、この言い方も正確ではない。ほとんどのブランドの価値は暴落したから、ブランド物の価値は平均すれば物凄く下がったわけだ。
 例えばハンティング・ワールド。△11は巷の女の子のほとんどが持っていた時代から「単なるビニールバッグに高いお金出して、、、」と思っていたがその通りの評価になった。今そこらへんにハンティング・ワールドのバッグを欲しがるお姉さんは見掛けない。
 例えばエベル。一時はロレックスと同等のステータスを持ちつつあると言われるところまで行ったが、当主が折角儲かった利益を投資という名のギャンブルで溶かしてしまったらしい。
 例えばマーク・レヴィンソン。オーディオ業界ごと溶けちゃいましたねぇ。

 それでも全く価格を下げなかったブランドがいくつかある。
 例えばロレックス。そう高級ではない。しかし普通人からすれば充分に高級だろう、、、と言うより、単に「自社機械を積んだ時計はあのくらいの価格になってしまう」というだけの話、逆にクォーツ式で作る以上はロレックス程高価にはしようがないので、これはロレックスがどうかというよりも「機械式時計はクォーツ式時計より製造コストが掛かる」というだけの話なのだが、、、ロレックスも一時クォーツを生産したが、オメガやロンジンのようにどっぷり浸からなかったことが結果としてブランド価値を安売りしないことになった。ほとんどのメーカーが入れたETAの機械も入れなかった。アフターサービスも手抜きしなかった。その結果「こつこつ自社機械を作って来た」「クォーツは部品がなくなれば修理できないが機械時計なら修理できる、ましてアフターサービスが充実しているロレックスなら一生ものだ」という今の評価に繋がっているわけである。
 例えばルイ・ヴィトン。これもそう高級ではない。しかし普通人からすれば充分に高級だろう。良質な革を使い真面目な縫製で作っているから相当長期間使えそうだ。

 そのロレックスとルイ・ヴィトンは真面目に作ってあるからこれからもいつまでも高値で取引され続けるのか。答えは「否」だと思う。

 何故か、と言えば今使っている連中が本当にそれを欲しくて買っているのではなく、単に「ステータス」としてのみ買っているからだ。ステータスは周囲から羨ましがられなかったら意味がなくなる。
 ステータスとして買うこと自体を軽蔑しているわけではない。ステータスだけで買っている人間ばかりの時、ステータスがなくなれば価格が崩壊すると言っているのだ。

 1993年当時、ハンティング・ワールドを使っている女の子に「単なるビニールバッグに高いお金出して、、、」と言ってみたとしよう。多分その女の子は怒ってこう答える。「私の趣味なんだからどうでも良いでしょう」本当は趣味なんかではない。それが趣味としたら、その女の子の趣味は「周囲から羨望の眼差しでバッグを見つめられること」である。だからハンティング・ワールドを欲しがる人が減った途端、誰もハンティング・ワールドを欲しがらなくなった。つまりここにあった市場原理は実用価値でなくステータスのみだったわけだ。
 無論その頃からルイ・ヴィトンのバッグにもステータスの側面はあった。しかしルイ・ヴィトンの中古相場が崩壊しなかったのは、材質も縫製もその価格なりに良くて実用価値も持っていたからだし、それが今日までそのステータスと中古相場を保った理由だと思う。ステータスのために買う物でも、実用価値を伴わない作り方の物は長続きしない。
 しかしそれからもう15年になる。その間ルイ・ヴィトンの工場はバックを大量生産し続け、それを女の子たちは争って買い求め、飽きるとその一部はリサイクルショップに売りに出され、そして新品当時よりは安価にしかしある程度の価格を保ったままお金のない女の子が買って行った。今その循環が止まりつつあるのか、リサイクルショップにはルイ・ヴィトンのバッグが溢れている。

 バブルが消えた時皆がふと冷静になったようにふと皆が冷静になり、今皆がルイ・ヴィトンに感じているステータスが消えた時、値段を下げても中古品が売れなくなる。その時残っているのは現在の相場を到底支えるには足りない実用価値だけだ。
 この時よく分かっていなければならないのは、ステータスで買う時というのは、実用価値で買う時よりずっと供給過剰に鈍感だということだ。維持費さえ掛からないなら、皆に威張れるものはたくさんあればあっただけ良い。逆に言えば、市場の原理がステータスから実用価値に移行する時には、ステータスという市場原理に隠されていた供給過剰が露呈する。

 さて、そんなアタリマエのことより、個人的な興味はその後何が来るか、なのだ。△11が思うには「人間の気持ち」という原点に帰って行くように思う。

 例えば自分が作ったもの
 皆さんは、何か自分で作った時にどう感じただろうか。「物を作るというのは大変なことだなぁ、それでこれだけ稚拙にしかできないんだから、職人さんは本当に偉いなぁ」という気持ちとともにその稚拙な作品に特別な感情を抱かないだろうか。

 例えば大事にして来たもの
 以前行った時計のオフ会に、祖父が大切に使っていたポケットウォッチを持って来ていた人がいた。平凡なヘルブロスか何かで、機構的にも何も特別なことはなかった。しかし、とても考えさせられたのは、「わしら機械時計は一生ものとかほざいて来たけど、一番実践しているのはこの人じゃなかろうか」ということだった。そしてそのオフに参加した人の中で、一番「豊か」だったのはその人じゃなかろうかと思うのだ。
 ルイ・ヴィトンのバッグだって、母親が一生の記念に一つだけ買って大切に使って来た物を娘に手渡すならどれだけ重みが違うだろうか。「同じ物」が市場に売っていても、それは似て非なる物である。本当は、まさにそういうことのためにルイ・ヴィトンは良質な革を使い真面目な縫製でバッグを作っているのだ。

 お金で買えるものは、お金を出せば買えてしまう。本当に大切な事柄は、それと全く無関係ではなくても、それと別のところにあると思う。

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2008年4月 6日 (日)

軽々しく「初」「唯一」と書くな

 インターネットを見ていると「初」「唯一」「最も」という記述を本当によく見掛ける。
 噂を鵜呑みにしているのであろうが、そういうのは大概贔屓の引き倒しだから書かない方がいい。過去それぞれの時代に現在と同じくらい天才は一杯いて長年切磋琢磨して来たんだから大抵のアイデアは試されているし、そもそもそれが本当だとしてそのこと自体に何の意味があるのか。

 以前世界初のオートフォーカス一眼レフカメラは何だ?という記事でこのことを書いているが、他にも同様の事例はいくらでもある。

 例えばマミヤCシリーズはレンズ交換できる二眼レフカメラとして有名だが、「唯一のレンズ交換式二眼レフカメラ」なんて書くとレックスレフレックスがあるからアウト。「フィルム撮影途中で日中レンズ交換可能な唯一のレンズ交換式二眼レフカメラ」としてもコンタフレックスがあるからアウト。「フィルム撮影途中で日中レンズ交換可能な唯一の6×6cm判二眼レフカメラ」もコニフレックスがあるからアウト。結局書けそうなのは「フィルム撮影途中で日中レンズを全群交換可能な唯一の6×6cm判二眼レフカメラ」ってところか。でもこのまどろっこしい記述からはマミヤCシリーズの素晴らしさは伝わらない。要するに「唯一」かどうかなんかどうでも良いのだ。使用者が要求する仕様を限られた資源の範囲で収めるのが技術のキモなのである。
 マミヤCについて言えば日中でのレンズ交換ができる点、縦位置を考えなくて良い正方形フォーマットを使用した点、ある程度システムが充実しかつ現行当時は交換レンズが入手しやすかった点が重要だと思う。これらを備えない製品は結局使えず、だから「知る人ぞ知る」状態に留まってしまったのである。

 1958年にズノーカメラからペンタフレックスという一眼レフカメラが発売された。少しカメラに詳しい人の間では「完全自動絞りを最初に実現したカメラ」として有名だ。しかしそれまでレンズしか製造したことのなかったズノーカメラは技術が未熟だったのか故障→返品が相次いだと言われ、間もなく歴史から姿を消した。
 1959年には完全自動絞りを備えたニコンFが発売され、こちらは当初から高い評価を受け、時代を変えた。
 この2つを眺めて、ペンタフレックスの方が先だということに一体意味があるだろうか。ニコンFはすでに定評のあったニコンSPとかなりの部分が共通であり、その後の歴史の評価からしても、ペンタフレックスが発売された当時すでにニコンFの試作品が市販されているペンタフレックスよりまともなモノになっていた可能性は高い。要するに「まともに動かなくてもとにかく発売しちゃえば世界初と称せる」なんて話は「信頼性のある製品をお客様に提供したい」という真摯で真面目な考えとは相反する話なんである。動作しない製品なんぞ不存在以下だし、だから返品を食らったのだ。ユーザーに「存在しなかった」ことにされた製品が「世界初」であろうとなかろうとたいした意味はあるまい。

 1970年代後半のことであるが、ランボルギーニのカウンタックLP400が当時市販車世界最高速300km/hを公称し、これに対抗してかフェラーリの365GT4BBが最高速302km/hを公称して話題になった。
 △11に言わせれば、どうせどっちも大幅なハッタリなんだから全くのナンセンスである。ハッタリ同士でどっちがデカいことを言ったかがなぜプラス評価の対象になるのか。どっちが不誠実かのマイナス評価ならいざ知らず、、、

 昔まだインターネットが一般的でなくパソコン通信だった時代のことだが、ある会議室で「世界で最初の腕時計って何でしょう?」という質問に対して「カルティエのサントスです」と答えている人があった。
 昔は今のように誰でも知識を持てるわけでもなかったし、実際そのように書いてある書籍もあったが、サントスは1904年の開発で、当然最古ではあり得ない。
 現在モノ雑誌等で一般に「世界初の腕時計」とされているのは1879年ドイツ皇帝が海軍将校用としてジラール・ペルゴーに2000個製作させた腕時計である。現物は特定されていないが、その旨記録があるという。
 しかし本当にそうなのか。
 女性用のブレスレットにはもっと前から時計を組み込んだ製品があった。例えば杖やライターに時計を組み込んだ「仕込み」製品の一群の一つとしてである。世界で最初に時計をブレスレットに組み込んだのが一体誰なのか、今となっては全く分からない。ただしいずれにせよそれは外乱に弱いシリンダー式脱進機しかなかった時代の製品であり、又現在時間を迅速に把握する目的で普段遣いすることは製作者も購入者も微塵も考えなかったことだろう。そういう意味では現代的な意味、すなわち正確な時刻を迅速に把握できる、という目的での腕時計ではない。要するに「時計付きブレスレット」として製造されているのだ。現代から見てそれを「時計付きブレスレット」と呼ぶのか「腕時計」と呼ぶのかは一体技術の問題なのだろうか。△11には国語の問題にしか思えない。逆に言えばジラール・ペルゴーの「世界初の腕時計」には無意識に「正確な時刻を迅速に把握できる目的で製作された、現代的な意味での」という枕詞がついているわけである。腕時計というのはある瞬間ある個体が製作された時に成立したのではなく、何百年を掛けて段階的に成立して行ったのだ。
 さらに言えば、モノ雑誌の記事はその9割が使い回しだ。どこの何を読んでも同じことが書いてある。多分そういう記事を書いているやつは△11程にも物を調べていないのだろう。少し前のモノ雑誌だけを見ながら記事を書いているのだ。モノ雑誌の系統を外れた書籍に少しでも当たってみればすぐに違う記述を発見できる。例えば1790年にジュネーブのジャック・ドロス(△11注:ジャケ・ドロー?)&レショーが(浅井忠『時計年表』P73)、1868年にはパテック・フィリップが(浅井忠『時計年表』P88)腕時計を作った、という記述がある。

 世界最古の時計メーカーはどこか、というのもよく取り上げられる話題だ。例えばイソザキ時計宝石店のブログのクイズに「第1問 世界最古の時計メーカーはバセロン・コンスタンチンである(正誤)」の解答に「(誤)ブランパン」とある。
 確かにブランパンは1735年創業、ヴァシュロン・コンスタンタンは1755年創業とされているので、これだけ見ればブランパンの方が古い。
 しかしブランパンは一度休眠ブランドになり、今あるのは創業者と無関係な人間が買い取って時計を作り始めた会社だ。それで良いなら例えば1728年にマリン・クロノメーターH1の製作をしたジョン・ハリソンの方が古いわけで、△11が「ハリソン」ブランドの権利者を捜して買い取り会社を作って時計を製造すればそれが「世界最古の時計メーカー」になるのか、そんなハズはあるまい。しかしブランパンはまさにその状態なんであり、そうであればブランパンを世界最古の時計メーカーというのは大いに問題がある。
 ジョン・ハリソンは一人で時計を作っていただけでメーカーじゃないって?
 冗談じゃない、メーカーってのは現在の日本においては会社組織であることが前提のように思われているが、実際には「製造者」という意味で会社かどうかと無関係の概念だ。それに会社組織と個人で本質的な何か違いがあるのか。そもそも会社を示す単語は「仲間」を表す言葉なんで、「時計を1人で組んでいれば個人、弟子を取って2人で組んでいたなら会社組織」みたいな形式論に堕すだけ、要するに現在の概念で昔の話を見ているからおかしな結論になるのだ。ジョン・ハリソンは弟と協力して時計を作っていたという話があるんで会社組織かどうかは完全に形式論だ。
 ここで注意しなければならないのはジョン・ハリソンは例に過ぎないということだ。現在時計マニアが知っているであろう、すなわちブランドネームとして有効な範囲だけでも、1348年に天文時計の製作を始め1364年に完成させたジョバンニ・デ・ドンディGiovanni De'Dondiがいる。アル・ジャザリAl-Jazarīは1206年の著作で自作時計について書いている。機械時計を初めて作った記録は725年中国の僧侶リャン・リン・ツァンが作った「歯車の逃がし止め装置を備えた機械時計」であるという(浅井忠『時計年表』P23)。時計の最古の記録は約4000年前のバビロニアとも約5000年前の古代エジプトとも言われるが、作っていた人の名前が現代に残っていないだけで、時計を作っていた人がいなかったわけではない。
 んで、百歩譲ってブランパンを含むそれらを「メーカーでなかった」とか「中断したら失格」と扱えると仮定し横に置いて問題に戻り「第1問 世界最古の時計メーカーはバセロン・コンスタンチンである(正誤)」に対する解答は「(正)」で良いのか、というと、全然無関係な人間がブランドを入手しただけのブランパン程でないにせよ、ヴァシュロン・コンスタンタンにおいて設立当初の理念が保たれて来たか=中断していないと言えるか、が問題になる。全く理念を変えず300年近く経営が成立し続けるわけもなく、そうなると当然時代に即して少しずつ変わっている中で「どこまで理念の変化を許すか」という程度問題になってしまう。
 もう一つ気になるのは「スイスのブランドには日本に輸入されたことがないため知られていないブランドが山ほどある」という話である。が、それを知っている人間でも「その中にブランパンやヴァシュロン・コンスタンタンより古い創業の会社はないのか」と考えたことはないようだ。例えば「世界最古の時計メーカー」という話題で時々出て来るもう一つのブランドが1737年創業とされるファーブル・ルーバであり、少なくともヴァシュロン・コンスタンタンよりは古い。△11が知っているくらいなので全く知られていないわけではないが日本で言及されることは少なく、実際「ブランパンは中断しているので考えに入れない」という人でも何の疑問も持たず「世界最古の時計メーカーはヴァシュロン・コンスタンタンである」としていることが多い。なぜファーブル・ルーバが中断したかどうか検討しないでそんなことが言えるのか。「世界最古の会社」を論じるなら自分の能力の範囲だけでももっと古い会社がないのか確認するのが当然と思うが、面倒なので誰もしないのだろう。もう一つ捕足しておくと「黙って座っていても誰かが教えてくれる情報」の出所は、間違いなく当該ブランド広告だ。つまり「世界最古の時計メーカー」を議論する場合に即候補として挙がるのが現状ブランパンとヴァシュロン・コンスタンタンだけなのは、現在「特別歴史の古い時計メーカー」を売り物にしているのがこの2ブランドだけということによる。ファーブル・ルーバはよく知らないが「昔輸入されていた時に代理店がセールストークに使ったのが一部の人たちの記憶に残っている」ってぇところだろう。
 そもそも、例えば1730年創業のメーカーがあったとして、1730年当時「1730年創業である」という事実は何の意味も持たない。実際△11の実家の近所に1980年のオープン当初から「since1980」と看板に掲げた喫茶店があって、近所でしばらく嗤いものになっていたものだ。誰かが何となく始めた仕事が300年後まで続いて取材を受けて「老舗でいらっしゃいますが、創業は何年ですか?」と聞かれたって、正確なところは分からないのが普通なんである。創業年がいつであるか、その事実が現在に至るまで確たる証拠を残すことは偶然の産物に過ぎず、証拠が残っていないメーカーの中にもっと古いメーカーもあるかも知れない。
 結局これは、高々100年かそこらしか生きられない人間が自分勝手にわぁわぁやって来た中で、結果として現在どのブランドに商品価値があるか、という問題でしかない。商品価値があればその元で時計が製造販売される。「最古のメーカー」なんてものは概念そのものが虚しい。

 順位決定や、文字面だけの「独創」なぞに何の意味もないと思い知るべきだ。

関連記事:
世界初のオートフォーカス一眼レフカメラは何だ?

日本で二番目に高い山はどこだ?

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2007年12月26日 (水)

馬鹿な時計屋その2

 書いてて気がつかないのかね、、、というか、最初に書く奴はどうやってこういうデマを製造するのだろうか。

》1920年代ロレックスの「オイスターウオッチ」を装着したイギリス人スイ
》マーのメルセデス・グライツが、海水温度マイナス20度のドーバー海峡を約
》15時間独力で泳ぎ切り、ロレックスがその過酷な環境下で正確な時間を刻み
》続けた話は有名

 死んじまうって(^_^;

》ロンドンの記者メルセデス・グライツさんが、女性で初めてドーバー海峡横
》断遠泳成功。

 ちょっと調べれば「女性で初めて」じゃないことくらい分かるだろうに。ちゅうか、だいたい「世界初」とかいうのは全部嘘だと思っていて間違いないけどね。

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