以前働いていた老健には例えば事故対策委員とか衛生委員とかの色々な委員会があって、職員は何らかの委員会に所属することになっていた。で、男性職員はほとんど例外なく設備委員に配属されており、△11も例外ではなかった。
設備委員とは、まぁ改めて説明するまでもなく施設の設備の保守管理をする係である。最初は「バイクの修理とか防水工事の経験もあるから他の奴よりは適任でしょ、故障の報告が来たら対応するだけだ」と軽く考えていた。実際当初は「車椅子のタイヤがパンクした」「居室箪笥の把手が外れた」「居室箪笥の引出前板が外れた」等々故障の報告が入って来たら修理するだけである。
しかし、だんだんそのとてつもなさが見えて来た。一つ一つは難しくないものも多いのだが、何しろフロアー定員100名、デイケア定員30名の大規模施設である。例えば引き出しの修理で言えば、ある日は夜勤が明けた後引き出しを2つ修理してから帰った。ある日は木工用ボンドを行事の準備に持って行かれており探すのに何時間も掛かった。
そのうち「こりゃ抜本的に管理して抜本的に対策して故障自体を減らし、かつ発見→修理までの時間を短縮しないとやってられんな」と思い始めた。
最初に考えたのはよく起きる故障の修理に必要な部品の備蓄である。故障のたびに発注していては時間が掛かって仕方がない。
しかし前述木工用ボンドは再び行事の準備に持って行かれ、最終的には設備委員専用と明記して備蓄した。引き出しの把手、パンク修理のパッチやムシも大量発注を掛けようとしたのだが、これに待ったが掛かった。総合的に考えれば設備委員が修理した方が安価に決まっているし、「修理をしよう」→「部品がない」→「発注しよう」なんてやっていたら見えないコストがどんどん掛かるので、それと比較すればただに近い部品を少し多めに注文しておくくらいどうでもいい話なのだが、実際に部品が発注されると官僚的観点から「それ何年分?今年必要なだけにしてね」という圧力がどこからかあるようなのである。当然ながら「大量」と言っても当座必要な分の数倍しか発注していないわけで、馬鹿馬鹿しい話である。
もう一つは車椅子の個別管理。修理歴が分かれば、と思って始めたのだが、しかしこれは全く思った通りには行かなかった。
最初は一部署ずつ調べ始めたのだが、一度全部調べたはずなのに次回行くと数えていない車椅子がある。原因はすぐに分かった。車椅子は2Fフロアー、3Fフロアー、デイケア、リハビリ、玄関等多数の部署に配備され、移動しながら運用されているからである。一日で、いや一瞬で全ての車椅子を調べ上げなければならない。これは言うは易いが大変である。前述5カ所をある一瞬で全部数えたとしても、フロアーの利用者が車椅子に乗って4Fにある風呂に行っているかも知れないし、外出許可を貰って外出しているかも知れない。また当初はシールを貼って個別認識をしたのだが、それが剥がれたり、事情を知らない職員によって他の車椅子に貼られたり、で何度もやり直しをした。そういうわけで最後まで「施設には実際に何台車椅子があるのか」は把握できなかったように記憶している。
電動ベッドの修理に関しては成功した方だったと思う。
これが動かない間は職員の介護負担が非常に大きくなるし、どうしても必要な利用者がいれば一時的にでもベッドを入れ替えなければならない。出張修理となれば費用も嵩むのでこれは大きな問題であった。
構造が分かるまでが大変で「コストダウンと早期修理のためには分解して修理したいが、壊したらアレだし、、、」という逡巡の後決意してモーターハウジングを分解、端子外れを発見した。その後も施設で報告された「故障」の全ては単なる端子外れが原因であり、設備委員だけで対応可能になった。
ここで施設の運営者に申し上げたいのは「コストダウンを軽々に言って欲しくない」ということだ。結果を見れば「単なる端子外れを発見して修理した」というのは小さいことに見える。それで何万円も浮くのなら「当然職員でやるべきだ」と思うだろうし、次に似た事例が出て来た時にも「この前みたいにやってよ」と思うだろう。しかし△11は、分解組立に失敗した時に「分解しちゃいかん箇所を勝手に分解して壊した」と言われるであろうリスクを背負って施工しているのである。
困ったのは大規模施設に特有の設備である。配管等規模が大きいこともあってその全貌が全然分からない。
「業者に依頼すれば?」って修理は無論依頼するのだが、しかし「停電の際非常用電源はどのように動作するのか?」「火災の際火災報知器はどのように動作しどのように対応すれば良いのか?」「スプリンクラーの配管はどうなっているのか?」ということ抜きに決められない事柄もあり、それが分からない時に呼ばれて聞かれるのは設備委員なのである。
それと併行して「義務化されている時期がもうすぐだから消防署と連携して消防訓練の企画と火災報知器の点検について考えて」「食堂にある湯沸かし器の清掃に関して衛生委員と相談して」とかの仕事が入って来る。
そういうわけで全く労多くして実の少ない仕事だったが、しかし「大規模施設というものがどういうものか」ということを改めて身を以て体験したとは言える。
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